東京大学の研究室の調査で、漫画や教科書を「まったく読まない」と答えた若者が5人に1人に上ることが明らかになった。さらに「大学などの講義内容を記録することがない」と回答した人も1割存在した。この調査結果は、脳の言語野における「読む」ことと「書く」ことの密接な関係を示唆している。
「読む」は入力、「書く」は出力——言語野の構造化プロセス
脳にある言語野において、入力された情報は構造化され、構造化によって理解したものが言葉として出力される。つまり、読むことは入力、書くことは出力にすぎず、両者をつなぐ構造化こそが理解力の本質であるとされる。
また、その間には「情報を受け取る→理解する→整理する→構造化する→表現する」というプロセスが存在する。「書く」という行為は、単に記録を残すためだけのものではなく、自分が何を理解したのかを確かめ、頭の中を整理し、自分の言葉にして外に出すという重要な役割を担っている。
生成AIの普及がもたらす「考えない」ことへの警鐘
生成AIの急速な普及に伴い、教育現場でも導入が進められている。文部科学省もAIの利活用を推奨しているが、東京大学大学院総合文化研究科教授の酒井邦嘉氏はこの状況について「AIが身近になればなるほど、私たちは考えなくなるだけでなく、自分で考えていないということにすら気づかなくなります。今後急速に思考力と理解力が低下していくことが予想されます」と警告を発している。
これまで、わからないことがあれば本を探し、自分なりに調べ、複数の情報を読み比べ、考えた上で文章を書くというプロセスが基本だった。しかし現在は、AIに「調べて」「要約して」「レポートを書いて」と依頼すれば、瞬時にそれらしい答えが返ってくる。今後、人間がなすべき領域は減少し、AIを無視して生きることはますます困難になるだろう。
「累積」が示す考える力の土台——教育への示唆
「自分で考える。そして、自分の言葉で書く」というプロセスをAIに委ねてしまった場合、それらしい答えは得られるものの、その答えが本当に正しいのか、自分の問いに対する答えになっているのかを判断する力はどこで身につくのかという疑問が残る。
今回の研究が示すのは、読むことと書くことが別々の能力ではなく、互いに関係しながら積み重なっていくということだ。一冊の本を読む、わからない言葉を調べる、「なぜ?」と立ち止まる、誰かと話す、自分の考えを書く——こうした小さな経験の積み重ねが「考える力」の土台を形成する。
AIがどれほど賢くなっても、子どもたちから「自分で調べ、自分で読み、自分で考え、自分の言葉で書く」という経験を奪ってはならない。むしろ、AIが答えを出してくれる時代だからこそ、「自分で問いを持つ」「自分の頭で考える」力を育てることが、今後の教育にますます求められている。



