答えのない時代をより善く生きるための「哲学」のススメ
答えのない時代をより善く生きるための哲学のススメ

哲学とは何か? 注目される理由

「哲学」と聞くと、難しそうで敷居が高いと感じるかもしれません。しかし、哲学者・小川仁志さんは「悩み多き思春期の世代にこそ、哲学の扉を開けてほしい」と話します。そもそも哲学とは何なのでしょうか。

哲学の定義は一つではありませんが、「物事の本質を探求すること」が有名です。本質は思い込みや先入観によって見えにくくなっています。子供には「常識を取り払って考えること」と説明するのもわかりやすいでしょう。別の言い方では、「自分の頭で考え、その考えを言葉にしていく営み」です。

なぜいま哲学が注目されているのか。21世紀は「答えのない時代」と言われ、これまでの常識では人類は行き詰まってしまいます。SDGsの課題などはその代表例です。世界の諸課題を解決するには、新しい答えを生み出す必要があり、そのためには自分の中の常識を超えて考えなければなりません。哲学が求められている理由はここにあります。いまの中高生にとっては、学校の探究学習で馴染みのある考え方でしょう。

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身近な悩みに役立つ哲学

小川さんが特に若い人に伝えたいのは、哲学は「ものを考える方法を教えてくれる便利な道具」だということです。世界の諸課題だけでなく、身近な問題にも哲学は役立ちます。中学生くらいになると、友達との付き合い方、先輩との接し方、親との関係、進路など、悩みが複雑になります。そんなとき、哲学が道具として使えます。

友達とは、先輩とは、親とは「こういうものだ」という思い込み、すなわち「自分の中の常識」を取り払って見方を変えることで、うまくいかなかったことに糸口が見つかるかもしれません。哲学は科学のように現実を大きく変えるものではありませんが、気持ちを変えるのに役立ちます。悩み多き若い世代にこそ、必要な道具だと知ってほしいと小川さんは言います。

悩んだから哲学者になった

ソクラテスもプラトンも、カントもヘーゲルも、有名な哲学者たちはみんな悩み抜いた末に哲学者になりました。小川さん自身も、大学卒業後、人生を変えるほどの大きな悩みに襲われました。自分のやりたいことと当時の自分の力とのギャップに苦しみ、20代後半を引きこもりのように過ごしたのです。そんなとき、哲学の入門書を読みました。順風満帆な人生だったら哲学者にはなっていなかったでしょう。悩んだおかげで哲学に出合えたのです。これも常識を超えて考え続けることで得られた境地です。

哲学思考の四つのステップ

小川さんは哲学思考の四つのステップを提唱しています。

  1. 疑う:前提や常識を疑う。
  2. 視点を変える:前提を別の角度からとらえ直し、視野を広げる。
  3. 再構成する:得た情報や視点を基に、新たな考え方を組み立てる。
  4. 概念化する:アイデアをざっくり一言で名付けて表現する。

この四つのステップはビジネスパーソンにも役立つ思考法です。固定観念を脱して独自のアイデアをつくるのに役立ちます。しかし、いきなり一人でこの思考法をたどるのは難しいかもしれません。そんなときに試してほしいのが対話です。

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哲学カフェのすすめ

小川さんは長年、哲学カフェの活動を続けています。哲学カフェは、市民が集まって「愛とは?」「幸せとは?」など一つのテーマについて対話するワークショップです。対話によって自分の考えや思い込みを確認でき、他の人の意見を受け入れることで視点を変えることもできます。主催者はファシリテーターとして対話が盛り上がるように交通整理をします。年齢が違っても参加者は対等です。哲学カフェは、四つのステップをたどることのできる有意義な思考の場です。

最も重要なステップ

四つのステップの中で最も重要なのは、「②視点を変える」です。「視点を変えれば、不可能が可能になる」。これは古代カルタゴの将軍ハンニバルの言葉です。小川さんはこの言葉に出合ってから、問題にぶち当たるたびにこの視点で向き合うようになりました。人は普段一つの見方しかしていませんが、視点を変えて別の見方をすることで初めて本質が見えてきます。困難も解決できるのです。

哲学的思考と探究学習

哲学は、中学高校で力を入れている探究学習にも通じます。世界の課題を解決する新しい答えを見つけるためには、常識を超えて自分の頭で考え、物事の本質を追求する必要があるからです。哲学は教科学習にも役立ちます。例えば歴史を学ぶときに、「なぜ歴史を学ぶのか。歴史の本質とは何か」と考えるようになるでしょう。過去を基に未来を考えるための科目だと、新しい視点を持つかもしれません。少なくとも「年号を覚えて何の役に立つのか」と思わなくなるはずです。理科や算数でも、哲学的思考でその教科の本質や学ぶ意味について考えることができます。学校の先生も話しているかもしれませんが、自分で考えなければ腑に落ちません。主体的に自分で考えることが重要です。

自分で考えることができるということは自信につながります。人から言われて何かをやっても自信は生まれません。自分で考えて決めてやったことは、たとえ失敗しても納得感があり、自信につながります。

親子で哲学対話を楽しもう

最後に、親子の関係に哲学がどう役立つかを小川さんに聞きました。

哲学対話のコツ

小川仁志さんの最新刊『教科書の名作で哲学する 考えるヒント』(教育出版、2200円)は、「スイミー」「ごんぎつね」など教科書掲載の名作から、より深く柔軟に考えるヒントを提示します。哲学カフェに参加しなくても、対話はどこでもできます。家で親子で対話をしてみましょう。子供が学校で発見したこと、気付いたことについて話を聞いてみてください。そのとき親はつい「教えよう」としてしまいますが、それはしなくていいのです。対話は相手に何かを教えることでもディベートでもありません。

相手が何歳でも、どんな立場でも、対話ではお互いが常に対等です。親は子供に教えたくなり、思春期の子供は親に反抗するものなので、親子で対話するのは難しいですが、「個と個」の対等な関係で臨んでください。相手の話をよく聞く、全否定しない、難しい言葉を使わないことを意識してやってみてほしいと小川さんは言います。

小川さんは高校や高専、大学で哲学の授業を行い、社会人向けの講義もしていますが、中高生と語り合うたびに彼らの視点やエネルギーにハッとさせられます。大人も子供も「わからないこと」があるのは一緒です。問いをぶつけられたとき、答えがわからなければ一緒に考えればいい。答えのない問いについて考えるのは大人にとっても発見があって面白く、それが哲学思考の醍醐味です。子供のほうが探究学習などで対話に慣れているので、子供から学ぶことも多いかもしれません。

混迷と分断の時代に大人になっていく子供たち。自分の頭で考えられる力を哲学が授けてくれそうです。