藤井基生さんは幼いころ、勉強しなくても学年トップの成績を取る「神童」だった。医学部を目指したが4浪、横浜国立大学に進学も4留で中退。現在30歳、無職で月収3万円。それでも父は「医者になれ」と言い続ける。
父は鹿児島の医師
藤井さんは鹿児島県鹿児島市に生まれた。父は地元で開業する医師、兄も医学部に進学。家族の会話の中で「医師になる」という未来は自然に共有されていた。家庭から強い圧力があったわけではなく、父との関係は長らく良好で、旅行に出かけることもあったという。
藤井少年は3人兄弟の次男。兄が通う同じ塾、同じ進学校という見えないレールに乗っていった。特別な教育を受けたわけではないが、家には本や書斎があり、環境は整っていた。得意科目は数学で、社会派絵本を好んで読んでいた。
神童だった少年時代
中学校では学年5番以内をキープ。それもほとんど勉強せずにだったという。「家では本当にマジで、勉強とかはしていませんでした。一応塾には行っていたんですけど、そこだけ」と振り返る。塾でも休み時間はカードゲームに夢中で、宿題の提出も滞りがちだった。
「中学のとき、数学の先生から『藤井は提出物さえ出せれば完璧なのに』って、めちゃくちゃ言われていました」
それでも成績は良好で、県内2位の進学校・鶴丸高校に合格した。
医学部への道と挫折
高校では成績が伸び悩み、医学部受験に失敗。その後4年間の浪人生活を送るが、合格できず、医学部を諦めて横浜国立大学理工学部に進学した。しかし大学でも単位が取れず4回留年し、ついには中退した。
現在の生活と父の言葉
現在30歳の藤井さんは無職で、簿記の勉強を細々と続けながら月収3万円で暮らしている。それでも父は今も「医者になれ」と言い続けているという。神童と呼ばれた少年が背負った父の期待は、今もなお彼を縛り続けている。



