太平洋戦争末期、釜石市が2度目の艦砲射撃を受けてから81年となった9日、同市大町の市民ホール「TETTO」で戦没者追悼・平和祈念式が営まれた。市民ら約140人が参列したほか、地元の高校生が戦争の悲惨さを訴え、恒久平和を願った。
2度の艦砲射撃で782人が犠牲
軍需工場の製鉄所があった同市では、1945年7月14日と8月9日に米軍などの艦砲射撃を受け、少なくとも782人が犠牲となった。式典は2回目の砲撃の日に合わせて市が毎年行っている。
遺族代表が「記憶の風化させない」と誓う
式典では戦争で父親や親戚を亡くした同市の佐々木郁子さん(83)が遺族代表として登壇。「戦争はまちや人の心を壊し、残るのは憎しみだけ。戦争の記憶を風化させないことが私たちの使命」と誓った。
釜石高3年の生徒3人は、戦時中の様子を描いたデジタル紙芝居を読み上げた。川崎夏織さん(18)は「自分の言葉で戦争を伝える貴重な経験になった」と話した。
中学生も献花し平和への思いを共有
平和学習で交流している青森市と釜石市の中学生約20人も献花。代表であいさつに立った同市立甲子中1年の小笠原伊織さん(12)は「平和な暮らしは決して当たり前ではない」と語った。



