岩手県内で熊本地震の被災地とゆかりのある人々が、今回の地震を受けて現地を案じている。最大震度7を観測した熊本県では、2016年4月以来の大きな揺れとなり、被災地では猛暑が続き、避難生活の長期化も懸念される。
住田町の岩城さん、文通相手の高校生を心配
住田町の団体職員、岩城和彦さん(66)は、「あれから10年が過ぎてまた地震が来るなんて」と、前回の熊本地震をきっかけに交流を続けてきた熊本市の高校生、前田健翔さん(16)を心配そうに語った。
岩城さんは東日本大震災の津波で、高校2年の三男・直俊さん(当時17歳)を亡くした。当時は自動車整備工場に勤務しており、震災当日の朝に顔を見ることも、あいさつを交わすこともできなかった。1年後に出席した高校の卒業式は「何の感情も湧かなかった」と喪失感に苦しんだ。
転機となったのが10年前の熊本地震だった。家屋が倒壊し、学校などの避難所に住民が身を寄せる様子をニュースで見て、「自分に何かできることはないか」と思い立った。夏には地元住民らと「体に気をつけて」「みんな応援しています」などと書いたメッセージカード約70枚を熊本市内の仮設住宅に送った。
カードを受け取った一人が当時小学1年生だった健翔さん。17年2月、岩城さんが熊本市で行われた震災被災者の講演会に講師として参加したことをきっかけに2人の文通が始まった。健翔さんからは「いわてに遊びにいけるのでとても楽しみです。まっててね」と書かれた手紙が届いた。
18年には健翔さんが住田町を訪れ、一緒に気仙川でアユのつかみ取りを楽しんだ。それ以降、LINEで近況を報告し合ったり、誕生日にプレゼントを贈ったりしており、岩城さんにとって健翔さんは「かけがえのない存在」になった。
今回の地震直後、岩城さんは「被害はありませんか」と連絡。健翔さんからは「家具はぐちゃぐちゃですが、けがはないです」という返信があり、胸をなで下ろした。岩城さんは「今回もできる限りのことをやりたい」と語る。
岩手銀行の紺野さん、再びの復興に胸痛む
岩手銀行企業財務支援室長の紺野貴史さん(51)は、16年の熊本地震後に官民ファンド「地域経済活性化支援機構」の熊本事務所に出向し、現地で観光事業者らの事業再生支援に奔走した。再び襲った揺れに「また復興をやり直さないといけないと考えるとつらい」と肩を落とす。
東日本大震災の発生後、同行の復興再生支援チームの一員として、陸前高田市や大船渡市の水産加工業や建設業など約200社を担当。被害を受けた経営者らと事業再生に取り組んだことから、熊本への出向は「自分の経験が役に立てば」との思いで引き受けた。
熊本県の阿蘇地域では、ホテルの壁にひびが入ったり橋が崩落したりするなど、壊滅的な光景が広がっていた。熊本には縁もゆかりもなかったが、岩手から来たことを伝えると、経営者たちからは「同じ被災地として心強い」などと声をかけられ、被災地同士の絆を感じた。
今回の地震発生後、熊本事務所で一緒に働いた仲間にLINEで連絡すると、「10年前より揺れたかもしれない」と返事が届いた。荷物が散乱した家屋の写真も受け取り、「2度も被害に遭うなんて本当につらいだろう」とおもんぱかる。
熊本から岩手に戻って約9年。今でも当時の同僚から送別品としてもらったペンケースを大切に使い続けている。「今は遠くから応援することしかできないが、落ち着いたらまた熊本に行って力になりたい」との思いを抱く。



