山下泰裕氏、頸髄損傷の事故後初めて報道陣に心境語る
山下泰裕氏、頸髄損傷の事故後初めて報道陣に心境語る

柔道家の山下泰裕氏が、頸髄損傷の事故後初めて一部報道陣の取材に応じた。箱根の露天風呂から約2メートル転落し首の骨を折る重傷を負ったが、「あそこで死んでもおかしくなかった」と振り返る。川向こうで祖父か誰かが呼んでいたような気もするという。それでも生かされたと語った。

治療とリハビリの日々

東海大学病院に緊急搬送され手術を受けた。病院長の紹介で、慶応義塾大学病院でのiPS細胞の治験にも参加した。頸髄損傷と診断され、2年以上治療とリハビリに取り組んだが、左手が少し上がる以外、首から下は動かない状態だ。

入院当初は「次の日、あと一日頑張っていこう」と思っていた。最初の1か月は食物も全て流動食で、気管に穴を開けて痰を吸引していた。言葉を発せないため、頭で呼び出しをタッチするが、枕の位置がずれるといくらやっても届かない。苦しくて「もうこのまま終わるのかな、それならそれも人生だろう」と考えたこともあった。

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家族の支え

励ましてくれたのは家族だった。妻や娘が「生かされたのは何かやるべきことがあるからだ。役割を果たすためにも社会復帰を目指そう」と時間をみては病院に来て懸命に語りかけてくれた。

自分より重度になると横隔膜が動かなくなり、自発呼吸ができなくなるという。今の形で生かされたことに何かの意味があるのではないかと考えるようになった。「運不運や挫折は誰もが体験する。違いは起きたことをどう受け止めるかだ」と前を向けるようになった。

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