タレントの鈴木蘭々さん(51)の母・節子さん(87)は今年7月、有料老人ホームに入所した。5年ほど前から、母の家での介助や支援先探しなどに奔走してきた鈴木さん。物忘れが進み、スムーズな会話が少しずつ難しくなっていく中、「最大限母の気持ちに寄り添う努力をしている」と話す。
母の家の片付けから始まった介護生活
2021年春、母が背中を圧迫骨折した。母は当時、鈴木さんの自宅から電車で1時間半ほど離れたマンションにひとりで住んでいた。動けるようになっても動作が重く、「そろそろ、訪問サービスなど、第三者の見守りが必要だな」と感じるようになった。
ただ、母の家は物であふれていた。介護生活は部屋の片付けから始まった。片付けを巡って母と言い争うことも何度もあった。仕事の合間を縫って通う鈴木さんはスケジュール通りに進めたいと考え、ディナーショーで着るような派手な服や手つかずの船の模型のパーツなどはどんどん捨てたかった。しかし、母は手放したがらず、自分が気に入って買った物を、娘とはいえ他人に判断されるのが嫌だったようだ。
ついイライラして、きつい言葉を投げかけてしまったこともあった。帰り道、「なんで、ああいう言い方をしちゃったんだろう」と自己嫌悪に陥ることも多かった。幸い、母は翌日になると、もめた原因を忘れていたため救われた。ある時、「ちょうだい」と言うと快く渡してくれることに気づいた。以来、欲しくなくても「もらっていくね」と声をかけて回収し、処分するようにした。
脳梗塞を経て、状態は悪化
圧迫骨折から半年が過ぎた頃、母は訪問介護とデイサービスの利用を始めた。当時の要介護度は1だった。つらかったのは、夕方になると母から繰り返しかかってくる電話だった。「あの人の電話番号は何だったかしら」「あの人はいま、何をやっているかしら」。電話に出ても全く急用ではなく、15分ほど話して切っても数分後にはまたかかってくる。不在着信が20件たまっていることもあった。
2023年の夏、デイサービスの迎えが来る頃の時間帯に、母から電話がかかってきた。「またか」と思いつつ電話に出ると、「おかしい。手が動かない」と言う。デイサービスのスタッフが駆けつけ、病院へ運ばれた。脳梗塞だった。後遺症はなかったものの、以後デイサービスの回数を増やし、鈴木さんは週末のたびに母の様子を見に行くようになった。
今年5月、母が右脚の骨を折ってから状態はいっそう悪化した。リハビリは思うように進まず、車いす生活になった。トイレの失敗が増え、会話も難しい状態に。要介護度は「4」となり、7月に有料老人ホームに入所した。
部屋の引き渡しを終え、母の気持ちに寄り添う
鈴木さんはその後、母が長く暮らしてきた部屋の引き渡しに向けて、最後の片付けを始めた。それまでにだいぶ整理していたが、母の思い入れが深い着物や食器はそのまま残していた。あまり急に物を減らしすぎると、物忘れが深刻化したり、自分の家ではないと思って徘徊したりすることがあるという話を聞いていたからだ。最近、引き渡しを終えたが、母の生活の痕跡がなくなり、どこかさみしい気持ちがするという。
母とは何度もけんかをして、何度も落ち込んだ。でも、今となっては、元気に生きているからこそできることなのだと思う。もう頻繁に電話がかかってくることもない。会話も難しくなる中、母の気持ちに寄り添うことを大事にしていきたいと話す。「母にとって幸せな環境って何だろう」。日々、考えている。



