所沢市の坂稲荷神社本殿の修復が完了し、幕末に米国ペリー提督の肖像を描いたことで知られる高川(三上)文筌が手がけた装飾板絵もよみがえった。本殿を彩る市指定文化財の板絵は約5か月にわたる修復を経て、10月11日の「ところざわまつり」で披露される。
本殿の歴史と板絵の特徴
高層マンションが立ち並ぶ市中心部に鎮座する同神社の本殿は、1837年(天保8年)に建立された。高さ約1.9メートル、間口62.2センチ、奥行き39.3センチと小ぶりながら、商売繁盛から子育てまでご利益があるとされ、土蔵造りの覆屋の格子戸越しに手を合わせる参拝者は今も絶えない。
板絵は、向かい合う白狐の下に牡丹と唐獅子などが描かれ、1991年に市有形文化財に指定された。ただ、本殿、板絵ともに経年劣化が進んだため、地元の日吉町、御幸町、東町の3町会が昨年秋、ものつくり大学(行田市)に修復を依頼した。
修復の手法と文筌の足跡
社寺の修復を多く手がけてきた横山晋一教授(保存修復学)が設計監理を行い、横山研究室の学生や宮大工の伝統技術を守る寄居町の工務店などが協力した。4月以降、本殿のほぼ半分を解体したうえで組み直し、昼夜問わず参拝できるようにとLED電球を中に配置。板絵の修復は絵の具を使わず、表面の汚れを丹念に取り除く手法で進められた。
1818年に当時の所沢村下宿に生まれた文筌は、文人画の大家・谷文晁に絵を学んだ。信州松代藩真田家の御典医だった高川家の養子となり、藩に仕えながら「米国使節ペリー提督来朝図絵」(大英博物館所蔵)など多くの作品を残した。ペリーの肖像を描いたのは、54年の2度目の来航時で、横浜に設けられた応接場の警衛で殿様に同行した際、表情を活写したとされ、その作品は長野市の真田宝物館に残る。
披露の日程と関係者の思い
坂稲荷神社の装飾板絵は、独り立ちして江戸で活躍し始めた頃の作品とみられ、「故郷に錦を飾るような思いで描いたのではないか」と横山教授は推察する。日頃は閉じられている覆屋の格子戸は「ところざわまつり」の10月11日正午頃に開け放たれ、本殿と装飾板絵の全景が披露される。
神社の代表世話人を務める古谷賢一さん(80)は「よみがえった本殿と板絵を多くの方に見ていただきたい」と語っている。