漫画原作者の武論尊さん(本名、岡村善行)は、昭和54年に『ドーベルマン刑事』の連載を終えた後、内戦状態にあったカンボジアに文化使節団として入った。当時を振り返り、戦争の異様さを語った。
骸骨が積まれた掘っ立て小屋
「本当に、まだまだ戦争中、内戦中でしたからね」と武論尊さんは当時を回想する。カンボジアは、独裁者のポル・ポトをようやくベトナム軍が首都プノンペンに入って旧ソ連(現ロシア)軍と協力して追い出した時代だった。アンコールワットのある都市、シェムリアップの辺りは山の中のため、まだまだ戦争状態だったという。
ポル・ポトによる200万人ともいわれる大虐殺の後に入ったため、「本当に、どこ行っても骸骨だらけ。ああ、人間って、こんなに簡単に死ぬんだ、と思いましたよ」と語る。骸骨を掘り起こして、100メートルおきぐらいにある掘っ立て小屋に置いてある。「何千体という骸骨が、積まれてるんです。異様な光景」と述べた。目隠しされた骸骨や穴が開いている骸骨は、処刑された人たちだという。
10歳の兵士と地雷の脅威
ツアーでは10歳ぐらいの子供がボディーガードとして自動小銃を持って付いた。武論尊さんが「本物か?」と聞くと、上に向かって撃ったという。10歳で兵士であり、親は「殺された」と答えた。「もう本当に縮図ですね、戦争のね」と語った。
ツアー中は「絶対に道を外れて歩かないでください、まだ地雷がいっぱい埋まってます」とレクチャーを受け、トイレもほとんどないため、水も飲まず飯も食わずに我慢した。道路であっても地雷の位置は分からず、「ポル・ポト派が逃げるときにみんな置いていったから」と言われた。村々では10人ぐらいは足や腕を失った人々がいたという。
戦争後の人々の姿
文化使節団としてカラーコピー機を渡すと、小学生や中学生たちが歓迎会を開き、踊りを見せてスイカなどでもてなしてくれた。武論尊さんは「戦争の後っていうのは、生きている人たちは割とみんなこうそれなりに明るく生きているんですよね。過去を忘れて。でも、そこにまた変なのが入ってくると、またこう簡単に命がなくなるんですよね」と語った。
後に内戦下のカンボジアを舞台にした映画『キリング・フィールド』(1984年、英国)を見た瞬間、「あ、その世界を私はもっと前に見てたんだ」と感じたという。



