令和8年熊本地震で被災した熊本県在住の河野やすこさん(アカウント名・地球上の緑)がInstagramに投稿した動画「熊本地震、その後」が、46万回再生を超える反響を呼んだ。河野さんは、地震発生当日はタイ旅行からの帰国日だったといい、友人からの連絡で地震を知ったと振り返る。帰国後に確認した自宅の様子は想像以上だったといい、現在の状況やSNS発信の真意について語った。
タイ旅行帰国日に地震発生、5人の子ども連れでの帰国に不安
河野さんは、タイ旅行からの帰国日に友人から「大丈夫?」と連絡が来た当時を振り返り、「どこで、何があったんだろう?と、まだ悠長に構えていました。しかし、情報を集めるうちに熊本で大きな地震が起きたことや、被害の大きさが少しずつわかってきました」と話す。夫とは帰国について意見が分かれ、「私は『余震が続く中、子どもたちを連れてすぐに帰るのは危ないのではないか』と考え、夫は『家と農地のためにも帰りたい』と考えていました。結局もともとの予定どおり、地震発生から数時間後の飛行機で帰国しました」という。
帰国後に確認した自宅の様子は「想像していた以上のもの」で、大きな棚が倒れ、トイレの外壁からは水が滴り、室内の壁も崩れ落ちていた。いつも子どもたちが遊ぶ庭の軒下には多くの屋根瓦が落ちており、「もしあのとき家にいたら、どうなっていただろう」と恐怖を感じたと語る。
「災害大国の日本には住めない」の言葉が実感に
旅先で集めたソ連時代のアンティーク食器もほとんど割れてしまったが、「もしかしたら、私たちの身代わりになってくれたのかもしれない」と思うようにしているという。現在の自宅の状況については「地震から約2週間が過ぎ、瓦が落ちた屋根を覆っていたブルーシートは外され、現在は新しい屋根の下地までできています。崩れ落ちた室内の壁にも手が入り、少しずつ部屋の形が見えるようになってきました。2週間でここまで修繕が進むのかと、その速さに驚いています」と話す。
過去にパラグアイを旅行中、日系2世の方から「日本は災害が多すぎて、自分には住めない」と言われた経験があったという。今回の地震で「自分にとって最も安心できる場所だった家が、一度の地震でこれほど変わってしまう。それを目の当たりにして、初めて言葉の重みを、自分の感覚として理解したように思います」と述べ、「『日本だから安全』『海外だから危険』と、国名だけで分けることはできないのだと、今回改めて感じました」と続けた。
熊本の助け合いと「今の私なりの復興への関わり方」
震災後、熊本では炊き出しで千個のおにぎりを握る人、自宅の井戸水を開放する人、涼める場所を提供するお店、ペットを預かる人、マッサージする人、バーを夜の居場所として提供する人、落ちた梨をジュースにして届ける人など、それぞれが「自分にできること」を持ち寄っているという。河野さんは「突然の災難が襲い掛かったとき、人はただ立ち尽くすだけではなく、自分にできることを探し、誰かと繋がり、もう一度社会をつくり始める。それは人間社会が本来持っている力なのではないかと感じました」と語った。
自身の役割については「5人の幼子と生活する今の私には、現地で身体を動かし、提供できるものは少ないかもしれない。でも、私にはSNSという発信の場があります。遠く離れた人に、熊本の今に関心を持ってもらう。それが今の私にできる復興への関わり方かもしれないと考えました」と話す。報道では被害の大きかった場所や象徴的な出来事が中心となる一方、そこで暮らす一人ひとりの日常やその後の生活の変化は届きにくいと感じ、自宅の被害をSNSで発信したという。
最後に「災害がない日にも、こうして『自分にできること』を持ち寄れる社会だったらいいな、と思いました。それと同時に、『やっぱり人間っていいな』と、今回の震災を通して改めて感じました」と締めくくった。



