新聞協会賞受賞作を各界有識者が語る、ジャーナリズムの意義とは
新聞協会賞受賞作を各界有識者が語る、報道の意義とは

日本新聞協会は新聞週間に合わせ、2026年度の新聞協会賞受賞作品について各界の有識者にコメントを寄せてもらった。受賞作品全体は文芸評論家の三宅香帆さん、ニュース作品はスマートニュースメディア研究所の山脇岳志所長、写真・映像作品はメディアアーティストの落合陽一さん、企画作品は東大の林香里教授がそれぞれの視点から作品を通して見えてくるジャーナリズムや報道の意義を語った。

「当事者」の声を拾い上げ、リアルを伝える

文芸評論家の三宅香帆さんは、受賞作品はいずれも「当事者」の切実な声を丹念に拾い上げていたと総評する。地方政治、国際紛争、環境などテーマは違えど、時間をかけて問題を掘り下げ、読者や視聴者にリアルを伝えた点で優れていたと評価した。

SNSが普及した現代社会では情報発信が得意な人の存在が目立つが、発信できない人たちの声を集め、正面から伝えるのが報道の力であり、ジャーナリズムの役目だと指摘。誰もが発信できる時代になったとはいえ、発信には技術が必要で、情報の「重み付け」、つまり価値判断ができるのも報道の特長と考えると述べた。

AIを活用すれば手軽に情報が得られるかもしれないが、集まるのはそのユーザーが関心のある事柄ばかりだ。一方で、新聞は見出しの大小でニュースの価値を示し、社会全体で考えるべき話題をバランス良く理解できる構成になっていると指摘。SNSやAIの時代では世間の関心が一つのことに集中しやすく、世論も一定の方向に過熱しがちで、AIで偽の画像や動画を作り、拡散される恐れも高まっている。そんな中で「これは事実だ」「これは事実ではない」と冷静に示すことができるのは、長い時間をかけて社会の信頼を積み上げてきた報道機関しかないとし、報道機関に現代社会を生きる一人ひとりを“冷やす”役割も期待していると語った。

その日のニュースを全て読むことができる新聞は「お得」だと思うとし、まず新聞を手に取り、見出しを眺めることから始め、それが習慣になったら記事を読むことを勧めた。読んだ後には「このニュースには驚いた」「この論評は共感できる」などと感想を書いてほしいとし、書くことで考えが整理されて見識も深まり、人生がもっと楽しく、豊かになるはずだと述べた。新聞には、その時々の出来事を後世に伝える「アーカイブ(記録保存)」の機能もあり、果たすべき役割は時代を超え、ますます重要になっていると締めくくった。

企画作品は組織ジャーナリズムのあるべき姿を体現

東大教授の林香里さんは、企画作品の受賞作はともに画期的かつ規模の大きな取材で組織ジャーナリズムのあるべき姿を体現し、示唆に富んでいたと評価した。

神戸新聞社の「あの熱狂の中で」は、2024年の兵庫県知事選をめぐる熱狂や分断、メディア不信を丹念に追った。何が正解か分からない状況で記者が現場に飛び込み、社会の一員として市民の姿を伝えたことが良いとし、メディア不信は簡単に消えないだろうが、謙虚に、粘り強く解決策を探る重要性を示したと述べた。

京都新聞社の「隠れた刃」は、7年3か月に及ぶ情報公開請求と訴訟により開示させた資料から強制不妊政策の実相を明らかにした。7年をかけて勝ち得た一次資料を基に取材し、権力の不条理を暴いたとし、生殖や障害を巡る問題は今につながるが、従来は断種実行側の情報が欠けていた。訴訟で解明の道が開き、研究者にもありがたいと語った。

情報を社会で共有し知識を培っていくのは民主主義の根幹であり、ジャーナリズムの存在意義だが、どんな素晴らしい記事も読まれなければ意味がないと指摘。ネット社会において、良質な情報をどう市民に届けるかは、新聞社だけでなく、情報産業に携わる人々や研究者も一緒になり、社会的な論点として考えていかなければならないと述べた。

ニュース作品は権力監視の役割を端的に示す

スマートニュースメディア研究所所長の山脇岳志さんは、西日本新聞社の「歪んだ関係―福岡県政を追う」は、権力監視というジャーナリズムの役割を端的に示した報道だと評価した。福岡県議会で常態化していた不適切な慣行を暴いた作品で、高額な海外視察費、県職員による議員のパーティー券購入、正副議長ポストをめぐる現金授受疑惑など、報道が明らかにした一つ一つの波は重なって、うねりとなり、福岡から全国に広がり、改革の動きを促していると述べた。

注目したのは、記者が感情に任せて記事を書き、県議会幹部を「悪者」にしたわけではないことだ。調査し、事実を積み上げ、冷静に報じて読者に判断を委ねる地道な作業が共感を呼んだのではないかと語った。

民主主義は、独裁・権威主義よりもはるかに優れたシステムであるが、選挙で票を獲得するためのプロセスや、議会と行政のもたれあいの中で腐敗が生じがちなのは、福岡、また、日本に限ったことではないと指摘。記者は選挙で選ばれる存在ではないからこそ、誰にも貸し借りのない「一市民」として行動し、報道を通じて民主主義の腐敗を防ぐことができると述べた。米国では、新聞がなくなった「ニュース砂漠」地域で、贈収賄などの汚職が増加したという調査研究もあるとし、健全なジャーナリズムは、民主主義を支える力となると締めくくった。

写真・映像作品は時間をかけて実相に迫る

メディアアーティストの落合陽一さんは、写真・映像作品の3作品にはじっくりと考えさせられる深さがあると評価した。

共同通信社の「終わらぬ悲しみの連鎖」は、イスラエル、パレスチナ双方の市民の表情を写真と映像で捉えた。被写体の指さす先を想像し、この服装はどの宗派かと思いを巡らせたと述べた。山陽新聞社の「島を渡る」は、約2年かけてシーカヤックで瀬戸内海の121島を巡り、歴史や風景、社会問題を描いた。美しい景色からは、地域に根差した「ザ・ライフ」が伝わってきたと語った。NHKの「ヒグマ 異変の海に生きる」は、高精細カメラやドローン、水中撮影などを駆使して知床のヒグマを長期間追った。以前知床でヒグマに遭遇した際に聞いた「自然が豊かだから人を襲わない」というガイドの言葉を思い出し、自然の循環が壊れれば人を襲うかもしれないと感じたと述べた。

従来の報道写真は現場に居合わせたことに価値があることも多かったが、今は当事者が自らスマホで撮影し「ゼロ次情報」として発信できる。ただ、自分も写真を撮るので分かるが、プロが考えて撮影しキュレーション(整理・構成)したものはクオリティーが全く違う。そこにこだわるのが芸術や文化だと指摘。バズることが目的化し情報がますますファストになる中で、ジャーナリズムの意味は時間をかけて文化を温めていくスローさにこそあるのではないかと締めくくった。