プロ野球・東京ヤクルトスワローズで活躍した古田敦也さん(61)は中学時代、野球部の先輩からいじめを受け、一時は野球を諦めかけた経験があります。野球がうまく、何事にも真面目に取り組む姿が、部の先輩たちには面白くなかったようです。
意を決して「野球をやめたい」と父親に打ち明けたところ、周囲の大人たちが勧めてくれたのは「転校」という選択肢でした。隣町の中学に転校し、環境を変えたことで、大好きな野球を諦めずに済みました。
野球部の先輩からの理不尽ないじめ
小学3年のときに野球を始め、生まれ育った兵庫県川西市の中学校でも野球部に入りました。当時の時代背景は今とは全く異なり、ツッパリ、ヤンキーの全盛期でした。「長ラン」といって、極端に丈の長い学生服を着て、幅の広いダブダブの「ボンタン」というズボンをはいている生徒がたくさんいました。
近隣の中学校との“抗争”は絶えず、授業中に他校の生徒が教室に乗り込んでくることもリアルにありました。朝、登校すると、学校の窓ガラスが全部割られているなど、この時代はそれくらい「学校」という場所が荒れていたのです。
所属していた野球部の先輩は、とにかく厳しかったです。「1年、鉄棒にぶら下がれ」と号令が掛かると、15人くらいが一斉に鉄棒を握ります。すると、先輩がバットで僕らを順にたたいていきます。その痛がる姿を見て、先輩たちは腹を抱えて笑っているのです。鉄棒から落ちてしまうと、今度は「グラウンド何周!」とどなられます。
砂利の上に一列に正座をさせられ、太ももの上を歩かれるしごきもありました。激痛で身をよじる様子を、先輩たちはまた面白がるのです。当時、1リットル瓶のコーラが売られていました。それをよく買いに行かされ、1年生全員で一気飲みをさせられます。当然、飲めないので噴き出してしまう。するとまた、噴き出した順にグラウンドを走らされるのです。
野球をやめるか、葛藤し続けた日々
顧問も見て見ぬふりだったので、いじめはどんどんエスカレートしていきます。グラウンドを2時間かけて60周走るだけの日も珍しくなく、野球の練習は全くできませんでした。
僕は何事にも真面目に取り組むタイプの生徒でした。同級生が次々と部を去って行くなか、1学期の間は何とか耐え抜きました。関西弁には「ケツを割る」という言葉があります。「途中で投げ出す」という意味で、日常の色んな場面で「ケツを割るやつはダメだ」と言われてきたので、部活をなかなかやめられずにいました。また、決して安くはない野球道具をそろえてもらっていたことも子どもながらに申し訳なく感じていて、親に退部を言い出せなかったです。
転校を決意し、環境を変える
もう限界でした。夏休みに入る直前、父親に思い切って「野球をやめたい。もうこんなんやってられへん」と切り出しました。父に初めて部活で受けているいじめについて話すと、「まあ、やめるんだったら仕方ないな」と受け止めてくれました。小学3年からずっと続けてきた野球を奪われるのはつらかったです。ですが、上級生からのいじめをこれ以上耐えることは無理でした。
親から退部の許しをもらったのですが、近所に住む少年野球時代のコーチからは「そんなことで野球をやめちゃダメだ」と言われました。父から事情を聞いたのでしょう。そのコーチは「いじめや暴力で学校にいられないんだったら、転校すればいい」と、思ってもみないアドバイスをしてくれました。勧められるがまま、夏休みの間に転校の手続きをして、2学期から隣接する別の公立中学校に通うことにしました。
また野球ができるようになり、本当にうれしかったです。転校先の野球部にも、ややこしい先輩はいましたが、奴隷のような扱いはされませんでした。
「逃げるが勝ち」という場面もある
もし、今置かれている環境に悩んでいる人がいれば、周りの大人に相談してほしいです。親でも先生でも、近所のおじさんでもいい。真剣に向き合ってくれる大人を一人、見つけてください。十数年しか生きていない、経験値の少ない子どもだけで考えても、いい解決策は出てこないでしょう。野球部の先輩からいじめられていたとき、僕らは「あの先輩、殴ってやるか」くらいしか浮かんできませんでしたから。
環境を変える行動は、ベストな選択かどうか分かりません。ただ、ベターな道であるとは思っています。八方塞がりの状況でも環境を変えれば、視界は全て変わります。新たな環境でゼロからまた頑張ればいい。「僕は逃げてきたんだ」などと、ネガティブに捉える必要はありません。
僕は二十歳くらいまで、まさかプロの世界で通用するとは思ってもいませんでした。中学1年で野球をやめなくて本当によかった。あのとき、近所に住むコーチの勧めがなければ、プロ野球で活躍する僕の未来は間違いなくありませんでした。だからこそ、「世の中って分からないよ。簡単に諦めたらもったいない」と伝えたいのです。いまの状況が苦しくても、絶望しないで、周囲の大人を頼りながら、逃げる道も選択肢に入れてみてください。「逃げるが勝ち」という場面だってあります。



