終戦直後、物資を輸送していた米爆撃機「B29」が男鹿半島の山中に墜落し乗組員11人が亡くなった事故から81年となった28日、事故で犠牲になったソール・コロドナー副機長(享年25歳)のおい、リチャード・コロドナーさん(67)が初めて慰霊祭に参加した。昨年、機体の一部が発見されたことがきっかけで秋田との縁が生まれ、リチャードさんは「伯父を思い続けてくれている男鹿の皆さんに感謝の気持ちであふれている」と慰霊碑に花を手向けた。
81年前の墜落事故と地域の供養
事故は1945年8月28日に発生し、大館市にあった連合国軍兵士の捕虜収容所に救援物資を輸送中だったB29が、男鹿半島の本山(標高715メートル)に墜落した。乗組員12人のうち、ソールさんを含む11人が亡くなった。地域の住民は、唯一の生存者を「殺してしまえ」という声が上がる中、救った。犠牲者についても、毎年供養してきた。
機体一部発見が生んだ新たな縁
昨年6月、秋田市の探検家・高橋大輔さん(59)が約7年に及ぶ調査で墜落した機体の一部を発見。在日米大使館がX(旧ツイッター)で「歴史的に重要な出来事」と発信するなど国内外で話題となった。高橋さんが同大使館に調査結果を伝えるなどしてリチャードさんとの縁が生まれ、今回の来県につながった。
リチャードさんはソールさんが「海に墜落して亡くなった」と伝え聞き、どのような最期を迎えたのかを長年知らなかったという。米ワシントン州から妻のリサさんと初来日し、高橋さんに案内されながら秋田に残る伯父の足跡を追った。
戦争の爪痕を学び、慰霊祭で感謝を伝える
27日はB29が秋田に与えた戦争の爪痕を学んだ。秋田市であった土崎空襲の語り部活動を行う「土崎港被爆市民会議」の伊藤紀久夫会長(86)らと面会。B29が落とした爆弾の破片などを目にして、リチャードさんは「私たちはともに戦争の犠牲者だ」とかみ締めた。伊藤会長は「これからの平和を願う思いが共通していてうれしい」と話した。
事故が起きた28日はB29が墜落した本山の山頂付近で開催された慰霊祭に参加。焼香台には日米の国旗とソールさんの遺影が用意された。リチャードさんは焼香をしながら、ソールさんの遺影に手をかざした。「この美しい海を見ながら亡くなったのだと思う。伯父がいるようだ」と話した。そして、最後のスピーチで、こう締めくくった。「敵としてこの地に来た者を追悼するのは容易ではない。皆さんのおかげで伯父の記憶は尊厳を持って守り続けられた。男鹿の皆さん、ありがとう」



