戦後81年の夏も、東京・九段の靖国神社に、日本国の首相の姿はなかった。靖国神社への首相参拝は、平成25年12月に安倍晋三が行ったのが最後だ。終戦の日でみれば、18年8月15日の小泉純一郎以来、20年も途絶えている。
高市首相への期待と安倍昭恵氏の思い
現職の高市早苗は就任前、しばしば参拝の意思を示していたが、今夏は見送った。代わりに、全国戦没者追悼式が行われた日本武道館の敷地内から、靖国神社を向いて「二拝二拍手一拝」の作法で遥拝した。その姿に、いずれ正式に参拝をと、期待した人も多かったのではないか。
安倍の妻で、5月に靖国神社崇敬奉賛会会長となった安倍昭恵も、その一人だろう。『正論』9月号の巻頭インタビューで胸のうちを語っている。タイトルは単刀直入に、「高市総理には靖国参拝してほしい」だ。
夫・安倍晋三氏との記憶と靖国への思い
昭恵は結婚前、靖国神社について意識することはあまりなかったという。結婚後も「実は主人と一緒に行ったことは一度もない」。それが変わったのは、安倍が首相になった後だ。安倍は25年に念願の首相参拝を果たした。だが、中国や韓国が猛反発しただけでなく、オバマ米政権も「失望した」との声明を出し、「自分は立場上、もう行けない」と考えるようになった。そこで昭恵は、「私が代わりに行こう」と思い立ったという。
以後しばしば参拝し、安倍が凶弾に倒れてからは、大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会や靖国神社崇敬奉賛会の会長に就任した。昭恵は靖国神社について、国のために命を捧げた英霊に感謝し、戦争のない世の中を願う「平和の社」にしたいと考える。会長として、従来の保守層だけでなく「真ん中よりも少しリベラルな方々」にも広く参拝を呼びかけていきたいという。
首相の高市にも「参拝してほしいと思っています」と語る。たとえ今年でなくても、「長く総理を続けられれば、いつの日か…」と。苦悩する夫をそばで支えてきただけに、「難しい」のは百も承知だ。しかし「なんで総理が靖国に行ってはいけないのか、やっぱり私にはよく理解できません」。そしてこう続ける。「戦争の反省とか、そういうことが言われますが、結局は戦争に負けたから―ということなのでしょう」
論壇各誌の戦争と平和の考察
夏の論壇各誌の定番でもある「平和」や「戦争」をテーマにした企画では、『Voice』の特集「『戦後の終わり』に問う平和」が秀逸だ。なかでも文筆家の前田啓介の評論「『戦中派』の願った戦後社会」が考えさせられる。先の大戦に出征した若者たちと同世代の戦中派は、青春期に「如何に死ぬか」を問い続け、戦後は亡くなった学友らを思いつつ、なぜ「自分は生き残ったのか」を自問し続けた。前田は、そうした複雑な心境を、戦中派の知識人らの言葉を引用しつつ解きほぐしていく。
最近の若者たちは、戦中派という言葉も知らず、死者の存在を感じることもない。「死者のまなざしのない社会に、平和を守ろうとする動機は生まれるのだろうか」と、前田は問いかける。
同じ特集で京都大学公共政策大学院教授(国際政治学)の中西寛が論じた「ポスト戦後期の平和主義のあり方」は、今後の安全保障を考察する上で参考となろう。中西は、第二次世界大戦後の国際秩序を支えてきた米国の国際主義、いわゆる「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」が後退したことを「戦後の終わり」と位置づけ、重く受け止める。それにより深刻な影響を受けるのは、パックス・アメリカーナによって戦後の平和を享受してきた日本だ。中西は、日米同盟の重要性を認めつつ、米国が「主」で日本が「従」であることを前提とした姿勢や施策は「根本的な見直しを迫られることになる」と指摘する。
昭和天皇の戦争責任をめぐる考察
一方、夏の定番の企画でも、『中央公論』の特集「昭和の敗戦、占領期の真実」に掲載された志学館大学教授、茶谷誠一の論文には、うなずけないところがあった。「なぜ昭和天皇は退位せず、天皇制は存続したのか」と題し、占領期の皇室について分析している。それはよいとしても、日本を断罪した戦勝国側の視点に軸足をおき、昭和天皇の「戦争責任」を前提として論を組み立てている。
茶谷は、タイトルの「なぜ」に答えて「米国、とくにマッカーサーの政治判断によるところが大きかった。日本側は昭和天皇の戦争責任問題も天皇制の存続についても、厳しい国際情勢を認識できず、マッカーサーの助けを借りなければ適切に処理できなかった」と書く。だが、国民の大多数が皇室の存続を求めていた事実については、十分に考察していない。終戦間もない昭和23年の世論調査で、国民の68・5%が昭和天皇の「在位」をのぞみ、皇室の「廃絶」を求めたのはわずか4%だった。連合国軍総司令部(GHQ)には、昭和天皇を守るよう求める膨大な投書が届けられていた。占領政策を滞りなく進めたいマッカーサーにとって、「存続」以外の選択肢はなかっただろう。先の大戦について考察するには、当時の視点を踏まえることが欠かせない。



