抗体の多様性という医学界の大きな謎を解き、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した米国マサチューセッツ工科大学(MIT)教授の利根川進さんが死去した。86歳だった。利根川さんは生前、「どうやって攻めるかという大局観がサイエンスでは重要」と説き、自らそのモットーを実践した研究者として知られる。
免疫学の根源的謎に挑む
異物に生体がどう対応するかという免疫学の根源的な謎に向き合い、利根川さんは1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「抗体の多様性を生み出す遺伝子の仕組み」の解明。ヒトを含む生物は無限に近い種類の抗体を作り出せるが、その遺伝子の数は限られている。このパラドックスを、利根川さんは遺伝子の再構成というメカニズムで説明した。
利根川さんはもともと免疫学の専門家ではなかった。しかし、遺伝子レベルで生物を分析する手法をいち早く導入し、専門外の分野で画期的な成果を挙げた。このアプローチこそが、彼の言う「大局観」の具体例といえる。
「どう攻めるか」の実践
利根川さんは学生や若い研究者に対して、「どうやって攻めるかという大局観がサイエンスでは重要」と繰り返し語っていた。自身もその言葉通り、従来の免疫学の枠にとらわれず、分子生物学の手法を応用することでブレークスルーを達成した。
1981年には、抗体遺伝子の情報発現と制御の研究で朝日賞を受賞。その後も脳科学など新たな分野に挑戦し、記憶や学習のメカニズムの解明にも貢献した。利根川さんの死は、日本のみならず世界の科学界に大きな衝撃を与えている。
遺産と影響
利根川さんの研究は、免疫学の基礎を築いただけでなく、ワクチン開発や自己免疫疾患の治療など、応用面でも多大な影響を与えた。また、彼の「大局観」の重視は、多くの研究者に学際的なアプローチの重要性を認識させた。
訃報を受け、朝日新聞は「利根川進さん死去、日本人初のノーベル生理学・医学賞を受賞 86歳」と伝え、関連記事として「ノーベル賞でひもとく近代医学」や「制御性T細胞」の解説なども掲載している。



