近年、男性の美に対する価値観は多様化している。かつては「ゴリゴリのマッチョ」だけが理想とされたが、現在ではスキンケアやメイクを楽しむ男性も増え、多様な表現が受け入れられるようになった。しかし、この変化には新たな懸念も潜んでいる。これまで女性が長年苦しんできた「痩せ」「艶肌」「脱毛」といったルッキズム(外見至上主義)が、今度は男性にも押し付けられ始めているのではないかという問題だ。
「傷つかないだろう」という思い込みの危険性
著書『つまり、それがルッキズム ~23の事例と解説~』(講談社)の中で、筆者は男性に対する容姿いじりが持つバイアスについて警鐘を鳴らしている。女性に対して「デブ!」と言うことは多くの人がためらう一方で、男性に対しては「チビ、デブ、ハゲ」といった言葉を投げつけても「いじり」として許容される風潮がある。これは「男性は女性ほど繊細ではないため、容姿のことで傷つかないはずだ」という根拠のない思い込みに基づいている。
しかし、容姿に関する言葉は誰にとっても敏感な問題だ。嫌な言葉をぶつけられれば、性別に関係なく傷つく。特に男性同士のノリが重視されるホモソーシャルな空間では、「嫌です、傷つきました」と声を上げることが難しい現実がある。多くの男性が黙って耐えているのが実態だ。
「男らしさ」という枠組みが生むプレッシャー
社会には「男らしさ・女らしさ」という性別の枠組みや、「かっこいい・かわいい」という美の基準が溢れている。これらの「こうあるべき」という規範に抗うことは、性別を問わず困難を伴う。男性の場合、特に「男らしさ」のプレッシャーから、容姿についての不満や傷つきを表現することがタブー視される傾向がある。
『つまり、それがルッキズム』では、23の事例を通じて、こうした無意識のバイアスがどのように人々を傷つけているかを解説している。著者は「男性でも女性でも、決められた枠ではなく、自分らしい身体の成長や容姿を楽しむことが重要だ」と訴える。
ルッキズムの新たな広がりと課題
男性の美容市場が拡大する中で、新たなルッキズムが生まれるリスクも指摘されている。例えば「男性もスキンケアをすべき」「脱毛して清潔感を保つべき」といった美の基準が、新たなプレッシャーとして男性にのしかかる可能性がある。多様性が認められるようになった一方で、別の形の「正解」が押し付けられる危険性もはらんでいる。
本記事の関連記事として、第一話では「容姿を褒めることのNG例」、第二話では「褒めたのに微妙な顔をされたときの背景」について解説している。これらの話題は、ルッキズムが日常生活にどのように浸透しているかを考えるきっかけとなるだろう。
結局のところ、容姿に関する言葉は、相手の性別や立場に関わらず慎重に扱うべきだ。「いじっていい」という暗黙のルールは、無意識の差別を助長する可能性がある。自分らしさを尊重する社会を築くためには、まず「傷つかないだろう」という思い込みを捨てることから始める必要がある。



