「いい人」のままではいつまで経っても、ビジネスでの成功は望めない――。IQ150超の異端投資家として知られる佐野Mykey義仁氏は、そう断言する。その根底にあるのは、弁証法的な発想だ。
弁証法とは何か
弁証法では、物事の発展を3つの段階で説明する。まず、「自分はこれでいいんだ」という現状の肯定。これが「テーゼ(正)」だ。しかし、それだけでは成長はない。そこに、「お前のここがダメだ」という批判や否定がぶつけられる。これが「アンチテーゼ(反)」であり、いわゆる「悪口」に他ならない。
多くの人は悪口に耳を塞ぐが、テーゼ(現状)とアンチテーゼ(悪口)が衝突し、葛藤することで初めて、「じゃあ、こうすればいいのか」という新しい解決策である「ジンテーゼ(合)」が見つかる。この進化のプロセスを「アウフヘーベン(止揚)」と呼ぶ。
今の自分を否定されることも、誰かを否定することも恐れるべきではない。本音の悪口(アンチテーゼ)を互いにぶつけ合い、傷つき、悩み、それを乗り越えて「ジンテーゼ」へと至る。そうやって螺旋階段を上るように進化していくことこそが、人間の、そしてビジネスのあるべき姿なのだ。だから僕は、愛を込めて「お前、そのままだと一生無能だぞ」と言い続ける。
天才中学生に放った悪口のあだ名
おすすめの悪口は「あだ名」である。僕は出会う人のすべてに「悪口のあだ名」をつけている。
たとえば、僕のビジネススクールには天才中学生がいる。9歳から学び始め、中学2年生にして経営者や投資家になり、今や13ものプロジェクトに携わっている。悪口の言いようのない完璧な人間に思えるが、それでも僕は彼女に悪口のあだ名をつけた。
「お前のあだ名、『全盛期9歳』な」
すると彼女は、「二度とそのあだ名で呼ぶな」とマジ切れした。
なぜマジ切れしたのか。おそらく彼女も「天才」とほめそやされて良い気分になっていたのだろう。そんなときに「全盛期9歳」と言われたら、嫌でも「自分自身が図に乗って努力を怠り、劣化していく可能性」を突き付けられる。その可能性を自己認識できれば、あとはそうならないように合理的に考えていけばいいだけだ。彼女は悪口によって、自分の弱点かもしれない部分に着目できるようになった。
『桃太郎』を合理性のメスで切り刻む
(続く)



