6月に死去した自民党元総裁の河野洋平氏の党葬が5日、東京都内で営まれ、約900人が参列した。実行委員長は高市早苗首相(党総裁)が務めた。
麻生副総裁が弔辞
党葬はメディア非公開で行われ、長男の太郎・元外相によると、麻生太郎副総裁が弔辞を述べた。麻生氏は河野氏が率いた河野グループを源流に、麻生派を立ち上げた。
河野氏の最期の思い
太郎氏は党葬後、記者団に対し、河野氏は日中関係が悪化する中で最期まで訪中を計画していたとし、「(実現しなかったのが)心残りだったのではないか」と述べた。「『自分の人生はいい人生だったな』と言っていた」と振り返り、「多くの人に支えていただいた」としのんだ。
河野氏の歩み
河野氏は1992年、宮沢内閣の官房長官に就任し、慰安婦問題で旧日本軍による「強制性」を認める「河野談話」を発表した。93年の下野後に自民党総裁に就任。2003~09年に衆院議長を務めた。



