原爆忌、それぞれの祈り 被爆者や2世ら思い語る
原爆忌、それぞれの祈り 被爆者や2世ら語る

8月6日、81回目の原爆忌を迎えた広島は、朝から鎮魂の祈りに包まれた。原爆死没者慰霊碑には、多くの人々が訪れ、手を合わせた。

被爆者の証言

祖父母、母、妹を原爆で失った岩井史博さん(89)は、当時8歳で学童疎開していた。寺の本堂で被爆し、「東の空が真っ黒になって迫ってきて、焼け焦げたものが飛んできた」と振り返る。爆心地から800~900メートルにあった自宅は全壊し、外出中だった祖母は行方不明のままだという。「生き延びた被爆者も精神的、肉体的に苦しみ続けている。戦争も核兵器もだめだと若い世代に伝えたい」と語った。

被爆翌日に生まれた男性

原爆投下翌日に生まれた中川勝利さん(80)は、母が被爆し、翌日に出産した経緯を持つ。小学生の頃、米国が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)に通わされた経験から、「自分は研究用のモルモットなのか」という思いを持ったという。「毎年ここに来ると涙が出る。どうすれば核のない世界にできるのか自問自答し続けているが、答えは出ない」と語った。

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被爆2世の思い

母とおじが被爆した竹原香織さん(64)は、母が顔と左腕にやけどを負い、おじは即死だったと明かす。母は長く原爆のことを話さなかったが、近年になってようやく語り始めたという。「被爆2世も高齢化し、伝えることが難しくなっていく。子どもたちに伝える機会をたくさん作ることが大切だ」と話した。

祖父が被爆者で、夫と子ども4人で慰霊に訪れた浅藤美穂さん(37)は、「8月6日は毎年、被爆者の方を思いながら家族でお参りしている。子どもたちと平和について一緒に考える日にしたい」と語った。

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