地政学的な緊張が急速に高まる中、宇宙空間は国家の産業や防衛を左右する不可欠な社会インフラへと変貌を遂げつつある。今年7月に東京で開かれたアジア最大級の宇宙ビジネス会議「SPACETIDE(スペースタイド)」で議論を呼んだトピックのひとつが「宇宙主権(スペース・ソブリンティ)」という言葉だ。
宇宙主権とは何か
スペースタイドを運営する石田真康代表理事によると、安全保障と宇宙分野の関わりが深まる中、他国に依存せず自前でやるという「宇宙主権」の意識が世界中で強まっているという。「一方で、ビジネスとして考えれば標準化されたサービスを世界に売りたい。ここには利害の衝突がある」(石田氏)。
かつて政府が担った宇宙利用は、この10年で商業化が急激に進んだ。その結果、通信や画像データが国民生活の隅々に浸透し、災害や紛争といった非常時に、自国の通信やデータを自前で確保したり、コントロールできるかという主権のありかが重要性を増しているというわけだ。
商業と安全保障の両立が課題
1967年発効の宇宙条約では、宇宙空間における国家による主権や領有を禁じ、発射物体の管轄権のみを認めていた。
元米国商務省宇宙商業局長のケビン・オコネル氏は、「宇宙条約の制定当時、スペースXのような民間の巨大事業者がこれほど軌道上のインフラ(衛星通信ネットワーク)を支配する事態は想定されていなかった。現代の宇宙空間では、商業的な利益と安全保障上の自律性をどう両立させるかが最大のテーマになっている」と話す。
他国・一企業への依存リスク
オーストラリアの宇宙スタートアップHEO(ヒーオ)のウィリアム・クロウ最高経営責任者(CEO)は、宇宙主権を「自国の重要なインフラやデータのスイッチを、他国や一企業の個人的な判断で勝手に切られない能力のことだ」と定義する。
2022年にウクライナ軍がクリミア半島のロシア艦隊を攻撃するため緊急要請したスターリンクの通信範囲拡大を、スペースXのイーロン・マスクCEOが拒否した例を挙げ、警鐘を鳴らした。「非常時に他国のインフラだけに頼り切るのはあまりに危険だ。日本にとっても独自でコントロールできる宇宙技術への投資継続が、同盟国への最大の貢献になる」
相互運用性が鍵
一方で、ロケットから各種衛星、地上局に至るすべての宇宙能力を自国だけで100%内製化することは、莫大なコストと時間を要し現実的ではない。
NTTの澤田純会長は石田氏との対談でその解を問われ、提示したのが、単一の基準で物事を測る一元的な思考から抜け出し、矛盾を受け入れる「多元的な価値観」への転換だ。
新しい技術によって各国仕様へカスタマイズできるようにすること、共通化できる部分は仲間と共有する「相互運用性(インターオペラビリティ)」や「データシェアリング」を確立すること――。「日本の哲学で言えば『主客同一』、すなわち相互運用性を増すことこそが、結果として自らの自立(主権)を高めることになる」(澤田氏)。
英大手テクノロジーコンサルティング企業、ケンブリッジコンサルタンツのリチャード・トレハーンCEOは、相互運用性の確保に向けて「日本は打ち上げなどの量的競争だけに固執せず、自動化や高度センシング、安全重視の産業システムなど、自国の強い技術分野にも集中することが必要だ」と話している。



