競争は善か?経済学の幻想と悪い競争の実態を小幡教授が解説
競争は善か?経済学の幻想と悪い競争の実態

経済学の根幹をなす「競争」という概念。価格、市場、競争は現代経済学の原理の核とされ、競争こそが経済を発展させるという信念が広く浸透している。しかし、慶応義塾大学大学院教授の小幡績氏は、この考えは幻想に過ぎないと指摘する。

競争は善か悪か

小幡氏は「競争は悪だ」と明言する。ただし、厳密には「競争自体に価値はない」というのが正確な主張だ。状況によって競争が良い効果をもたらすこともあれば、悪い影響を及ぼすこともある。良い競争と悪い競争が存在するのである。

しかし、現代社会では競争こそが善であり理想であるという大前提が支配的だ。小幡氏はこれに異を唱え、「競争は多くの場合、悪であると考えた方がよい」と述べる。子供に対して喧嘩をしてはいけないと教え、国際社会では戦争(領土や覇権を争う競争)が悪とされるにもかかわらず、経済学だけが競争を善と見なす矛盾を指摘する。

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なぜ経済学は競争を善とするのか

近代経済学が競争を善とする理由は、財が必需品であり、その性質が誰の目にも明白で、競争の変数が価格のみに限定されるからだと小幡氏は説明する。消費者は財の質を理解しており、複数の供給者間の違いは価格だけとなる。したがって、消費者はより安い価格を選ぶ。

供給者は利益を出すために販売が必要であり、赤字にならない範囲で価格を下げる。他の供給者も同様の行動をとる結果、生産コストの低い供給者が価格競争に勝つ。これにより、最も効率的な生産者が供給を行い、消費者は最低価格で購入でき、経済全体として効率性が向上するというメカニズムである。ここでは限界概念や規模の経済が重要な役割を果たす。

価格以外の競争:エンタメ消費と中毒化

しかし、現代経済においては、価格だけで競争しない分野が増えている。特にエンターテインメント消費では、価格ではなく、いかに消費者を中毒にさせるかという競争が繰り広げられている。小幡氏は、このような競争は消費者にとって有害である可能性を指摘する。

エンタメ産業では、消費者を長時間引きつけ、繰り返し利用させるための仕組みが競争の焦点となる。これは、従来の経済学が想定する「良い競争」とは異なる。中毒化を促す競争は、消費者の福祉を低下させる恐れがある。

現代の競争は「なんでもあり」の罠

小幡氏は、現代の競争を「世紀末の競争」と表現し、もはやなんでもありの罠の仕掛け合いになっていると警鐘を鳴らす。価格競争が有効だった時代は終わり、現在は様々な手段を使って競争が行われる。その中には、消費者を欺いたり、依存症を誘発するような戦略も含まれる。

経済学の基本原理である「競争は善」という前提は、こうした現実を説明できていない。小幡氏の主張は、競争の功罪を再評価し、現代経済における競争の在り方を問い直すものだ。

本稿は、2026年7月12日に公開された小幡績教授の連載「アフターエコノミクス」からの抜粋である。全文は会員限定で読むことができる。

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