日銀の利上げでも円高に進まない理由:構造変化と投資立国が生む円安圧力
日銀利上げでも円高に進まない理由:構造変化と投資立国

6月16日、日本銀行は政策金利を0.75%から1.0%へ引き上げました。政策金利が1%台に到達するのは1995年以来、実に31年ぶりです。市場にほぼ織り込まれていたとはいえ、31年ぶりの利上げは歴史的な出来事です。

ところが、為替市場の反応は限定的でした。ドル円相場は依然として161円(6月22日現在)を超える高い水準で推移しており、「利上げ=円高」という従来の常識が通用しにくくなっています。

なぜ日銀が利上げしても円高が進まないのか

為替市場では一般的に、金利の高い通貨が買われ、金利の低い通貨が売られる傾向があります。そのため、2022年以降の急激な円安も、FRBによる大幅利上げと日銀の超低金利政策によって拡大した日米金利差が主因と考えられてきました。

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しかし、2026年の状況はやや複雑です。日銀は利上げを進めていますが、米国でもインフレ再燃懸念が強まり、FRBは6月会合で政策金利を3.50~3.75%に据え置きました。さらに公表されたドットチャートでは、年内に追加利上げが必要と考えるFRB当局者が増えていることが示され、市場にとっては想定以上にタカ派的な内容となりました。

FRBが利下げに向かうとの期待は後退し、むしろ再び利上げの可能性が意識され始めています。その結果、日米金利差の縮小期待も後退しました。つまり、日銀の利上げだけでは円高要因として不十分であり、米国側の金融政策も同時に変化しなければ大きな円高にはつながりにくい状況となっています。

「投資立国」が生み出す円売り圧力

さらに重要なのが、日本の経常収支の中身の変化です。かつて日本は貿易黒字大国でした。輸出企業が海外で稼いだドルを円に交換するため、恒常的な円買い需要が発生していました。しかし、近年はエネルギーや食料の輸入増加により、貿易収支は以前ほど円高を支える存在ではなくなっています。

一方で拡大しているのが第一次所得収支です。日本企業や投資家が海外で保有する資産から受け取る利子や配当は過去最高水準に達しています。しかし、その収益の多くは日本へ送金されず、現地で再投資されています。

例えば、日本企業は海外子会社からの利益を現地工場の増設やM&A資金として再投資するケースが増えています。個人投資家も新NISA制度の定着により、米国株や世界株への投資を積極的に拡大しています。これらは継続的なドル買い・円売り圧力となっています。

つまり、日本は世界最大級の対外純資産国でありながら、その収益が円転されず、むしろ海外投資の拡大によって円安圧力を生み出しているのです。これが「円安が止まりにくくなった」最大の構造変化といえるでしょう。

160円台と為替介入への警戒

ドル円相場が161円(6月22日現在)を超えたことで、市場では再び為替介入への警戒感が高まっています。政府・日銀は4月末に160円を超えたタイミングで大規模介入を実施しました。現在も財務省は「過度な変動には適切に対応する」との姿勢を示し続けており、市場参加者は口先介入や実弾介入の可能性を意識しています。

もっとも、介入の効果には限界があります。確かに介入は短期的な投機的円売りを抑制し、市場の過熱感を冷ます効果があります。また近年はFRBのFIMAレポ制度を活用することで、保有する米国債を売却せずにドル資金を調達できるため、介入に必要なドル資金を柔軟に確保できるようになっています。

しかし、それでも介入はあくまで需給の一時的な調整手段です。日本から海外への投資資金流出や企業の海外再投資といった構造的な円売り圧力そのものを変えることはできません。

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円高に必要な条件とは

では、持続的な円高を実現するためには何が必要なのでしょうか。

  • FRBが本格的な利下げ局面へ入ること:現在はインフレ懸念が再び強まっており、FRB内部では追加利上げを支持する意見が増えています。市場が期待するほど早期の利下げは見込みにくい状況です。
  • 日銀が追加利上げを継続すること:日銀が追加利上げを継続し、市場に金融正常化の流れを定着させることも重要です。市場では年内にもう一度、政策金利が1.25%程度まで引き上げられるとの見方もありますが、景気への影響を見極めながら慎重に進められる可能性が高いでしょう。

結局のところ、「日銀が利上げすれば円高になる」という単純な時代は終わりつつあります。現在の円安は単なる金利差だけでなく、日本経済の投資構造や資本移動の変化によって支えられています。

為替介入は一時的に相場のスピードを緩めることはできても、トレンドそのものを変える力は限定的です。企業や投資家に求められるのは、「円安は一時的な異常事態ではなく、新しい当たり前になりつつある」という可能性を視野に入れながら、資産運用や事業戦略を考えることではないでしょうか。

(藤田行生 SBI FXトレード株式会社 代表取締役社長。神奈川県相模原市出身、中央大学経済学部卒業。改正外為法施行後の1999年から国内黎明期のFX事業において主に外国為替ディーラーとして従事。2008年5月SBIグループでの本格的なFX事業立ち上げのため、SBIリクイディティ・マーケット(株)の設立に尽力。為替ディーリングやシステムなどの責任者を務め、2020年6月SBIリクイディティ・マーケット(株)取締役副社長に就任。その後SBIグループのFX専業会社である、SBI FXトレード(株)代表取締役社長に就任し、現在に至る。)