LINEヤフー前会長・川邊健太郎氏が語る、PC成功のジレンマとスマホへの遅れ、立て直しの軌跡
ヤフー前会長・川邊氏が語るスマホ遅れと立て直しの軌跡

LINEヤフーの前会長である川邊健太郎氏が、自身の著書『7つの激変』の中で、同社がPCで成功した後にスマートフォン時代の波に乗り遅れた経緯と、その後の立て直しについて詳細に証言した。川邊氏は、ヤフーが「イノベーションのジレンマ」に陥っていたと指摘し、その背景と改革のプロセスを明かしている。

モバイルにリソースを割かなかったヤフー

川邊氏は2000年、電脳隊など4社が合併したP.I.M.がヤフーに売却されたことを機にヤフーに入社。しかし、入社後の現実は「モバイルインターネットをやれる」という期待とは大きく異なっていた。当時はドットコムバブル崩壊直後で、親会社のソフトバンクは「ヤフーBB」によるブロードバンド事業に経営資源を集中。川邊氏は新設のヤフーモバイルのプロデューサーに就いたものの、ソフトバンクはブロードバンドで手一杯だった。

当時の井上雅博社長は「モバイルはお前らに任せる」と言ったが、実際にはエンジニアのリソースをモバイルに割いてくれなかった。例えば、PC版の「Yahoo!天気」をガラケー対応にしようとしたところ、エンジニアはPC版の「世界の天気」開発に回され、モバイルは常に後回しにされた。川邊氏は「世界の天気を見るPCのユーザーと、国内の天気を見るモバイルのユーザー、どっちが多いと思ってるんですか」と怒った記憶があると振り返る。

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2006年にソフトバンクが英ボーダフォンの日本法人を買収し、ガラケーにヤフーの「Yボタン」が搭載されるなど、使いやすさは向上したが、それまではモバイルは放置された状態だった。会社全体の優先順位として、モバイルが1位になることは一度もなかったという。

新体制でスマホシフト、川邊氏も副社長に

状況が変わったのは、スマートフォンの台頭とともに川邊氏が副社長に昇格した後だ。新しい体制のもとで、ヤフーは本格的にスマホシフトを推進。タイムラインやインフィード広告など、スマホユーザー向けの新機能を導入し、収益化を図った。川邊氏は、孫正義氏からのメールには「イの一番」に返事をすることで、経営陣との連携を密にし、改革を加速させたと述べている。

この改革により、ヤフーはスマホ時代の競争に巻き返し、現在のLINEヤフーとしての基盤を築いた。川邊氏は、PCでの成功がかえってスマホへの移行を遅らせた「イノベーションのジレンマ」の典型例だったと分析している。

本証言は全3回のシリーズの第2回であり、第1回ではヤフー誕生の経緯、第3回では今後の展望について語られる予定だ。川邊氏の証言は、インターネット業界の変遷を理解する上で貴重な記録となっている。

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