女優の綾瀬はるかさんが出演するユニクロのCMをめぐり、上半身裸やブラトップ1枚での外出といった演出に賛否の声が上がっている。この騒動は毎年繰り返される「夏の風物詩」のようになりつつある。
コンセプトと演出のズレが生む違和感
ユニクロの「LifeWear」のコンセプトは、「あらゆる人の、毎日の生活に寄り添う服」「すべての人がそれぞれのスタイルで気持ちよく着られる究極の普段着」とされている。しかし、CMでは友人の前での上半身裸やブラトップ1枚での外出という、一般的な日常の感覚からかけ離れた視覚表現が用いられている。
このコンセプトとモチーフの間に生じたズレこそが、「なぜ脱がせるのか」という違和感の根本にあると、見た目戦略研究家の宮本文幸氏は指摘する。「普段着ブランド」としての様式と、「特別な人にしか成立しない」演出の様式が食い違っているというのだ。
ナレーションという「ひと言」は、まさにこのズレを埋めるために用意されていたが、拡散の過程でその役割を十分に果たせなかったとみられる。
高好感度だからこそ浮かぶ疑問
好感度の高いタレントを起用すればするほど、企業は「見た目の説得力」に頼りたくなる。しかし、いくら好感度の高い出演者であっても、コンセプトを象徴するモチーフと演出の様式がずれていれば、違和感は消えない。
むしろ好感度が高いからこそ、「なぜこの人にこんな演出をさせるのか」という疑問を強く抱かせてしまう。見た目戦略において「正しい見え方」は1つではなく、同じ映像から擁護も違和感も、報道への怒りさえも同時に生まれうると宮本氏は説く。
作り手にできるのは、すべての人を納得させることではなく、自分が誰の「引き出し」に向けて発信しているのかを自覚し、違和感を納得に転換する「ひと言」が、拡散の過程でも失われずに届く形を設計することだ。綾瀬はるかのユニクロCMが改めて示したのは、この原則である。



