根津の街並みがなぜ残ったのか
文京区根津は、バブル期の地上げや再開発の圧力にさらされながらも、タワーマンションや超高層ビルが乱立することなく、低層住宅が密集する風情ある街並みを今日まで維持している。その理由として、関東大震災や太平洋戦争による焼失を免れたこと、そして住民と区が協力して景観を保全してきたことが挙げられる。
2015年、文京区は「文京区景観計画」を改定し、「根津景観形成重点地区」を新たに指定した。この指定により、根津の一部地域で建築を行う際には、街並みと調和する景観形成基準への適合が義務付けられている。区は不忍通り沿いの不燃化や中高層化を推進する一方で、根津全体をタワマンや超高層ビルが林立する拠点にする方針ではないと判断したとみられる。
歴史が育んだ街の魅力
根津は江戸時代から続く町割りが残り、商店が点在する路地を歩く楽しさが特徴である。震災と戦災を免れたことで、古い建物や路地がそのまま保存され、住民がその景観を守る意識を持ち続けてきた。現在でも、不忍通り沿いには中高層マンションが建つが、街全体としては低層住宅が主体で、風情ある雰囲気を保っている。
今後も個別の建物更新は行われるだろうが、根津の歴史的景観が引き継がれていくことが期待される。前編では、根津が江戸時代に私娼街として栄え、東京大学の開設で学生が集まり遊郭が移転した経緯など、歴史的背景が詳しく解説されている。
参考文献と今後の展望
本記事の執筆には、文京区史や都市計画関連の文献が参考にされている。文京区は2024年9月に最新の都市マスタープランを策定しており、今後も根津の景観保全と調和のとれた開発が進められる見通しである。



