文京区根津は、バブル期の地上げを経験しながらも、タワーマンションや高層ビルが林立しない、細い路地に低層住宅が密集する独特の街並みを残している。なぜこのエリアだけが再開発の波を逃れたのか。その背景には、文京区の都市計画の変遷と住民の preservation 意識がある。
不忍通り拡幅工事と都市マスタープランの策定
根津の街並みを語る上で欠かせないのが、不忍通りの拡幅工事だ。1996年(平成8年)に策定された「文京区都市マスタープラン」では、根津駅・千駄木駅周辺を「下町隣接地域の地域拠点」に位置づけ、さらに詳細な「根津駅周辺地区まちづくり基本計画」を策定した。この計画では、幹線道路沿道で「中高層化を誘導する」一方、「後背に広がる低中層住宅地との調和を図る」と明記。史跡・住宅エリアでは「史跡と調和する低中層住宅地としてのまち並みの形成」、低中層住宅エリアでは「路地のヒューマンスケールのまち並みを保全する」とされた。
2011年から2024年への方針転換:拠点から下町交流ゾーンへ
その後、2011年に改定された「文京区都市マスタープラン2011」では、根津駅周辺は「地域拠点」とされ、「高層の拠点商業地を形成」すると定められた。しかし、2024年の「文京区都市マスタープラン2024」では、根津・千駄木エリアは拠点から外され、代わりに「下町交流ゾーン」に設定された。この変更について、文京区都市計画審議会では「拠点を外さないほうが良いのでは」との意見が出た。これに対し事務局は、「2011年の都市マスタープランでは拠点と位置づけているが、下町の風情が残っており、単純な高度利用をするのはちょっと違うということで、今回ここだけ特別に下町交流ゾーンとして新たに位置づけている」と説明した(『令和5年度第2回 文京区都市計画審議会会議録』)。
住民の preservation 意識とバブル期の地上げ
根津が再開発されなかった理由の一つに、バブル期の地上げがある。当時、多くの地主が地上げに応じず、土地を手放さなかったため、大規模な再開発が進まなかった。また、住民の間で街並みを守ろうとする意識が強く、低層住宅の保全が優先された。現在も、根津の路地には昭和の面影を残す木造住宅が立ち並び、観光客や散策者に人気のエリアとなっている。
今後の展望:下町交流ゾーンとしての活性化
文京区は「下町交流ゾーン」として、根津の風情を活かしたまちづくりを進める方針だ。具体的には、観光振興や地域コミュニティの活性化を図りつつ、低層住宅地の保全を継続する。ただし、老朽化した建物の耐震化や空き家対策など、新たな課題も浮上している。区は住民と協力しながら、持続可能な街づくりを模索している。



