茨城県と千葉県の県境に、2つの廃墟モールが存在する。その背景には、核テナントの相次ぐ消滅や運営元の経営破綻など、残酷な経済的現実があった。
小見川アピオの現状
田舎の風景に突如現れる、三角屋根でカラフルな海外風の建物。それが「小見川アピオ」だ。アメリカ・ダラスの「タウンイーストモール」をモデルにしたといわれるこのモールは、外観こそ個性的だが、内部はガランとした巨大な空き区画が広がる。
入り口やフロアガイドには「フードコート」の文字があるが、その場所は一面白い幕で覆われ、窓からは放置された備品が見える。小さなゲームセンターや書店が営業しているものの、人の姿はまばら。一部は2階建てだが、階段には「関係者以外立ち入り禁止」の表示がある。
ただし、施設全体に人がいないわけではない。スーパーセンタートライアルとダイソーが出店しており、この2店舗の客入りは十分だ。
地元主導型ショッピングセンターの歴史
「小見川アピオ」は、県会議員と地元有志が共同で開発し、1991年3月にオープンした。同じく地元主導型である「アイモア」と同様、地域の消費流出を食い止める目的があった。
北側に利根川と常陸利根川が流れ、古くは商圏が分断されていたが、橋の建設や道路整備により消費者の行動範囲が広域化。茨城県神栖町や千葉県佐原市への消費流出が進んでいた。
「千葉県商圏調査報告書」によると、小見川町は地元購買率の低下や佐原商圏への流出により商圏形成の維持ができなくなり、1988年度に佐原商圏に吸収された。この流出に歯止めをかけるべく開発されたのが「小見川アピオ」だった。
日本初の3核ショッピングセンター
「小見川アピオ」は、日本初の3核ショッピングセンターとして計画された。しかし、核テナントが3つとも消滅し、運営元も経営破綻。現在はその面影を残すのみとなっている。
このように、地域の消費流出を防ぐために生まれたモールが、時代の流れとともに廃墟と化す現実。その背景には、人口減少や郊外大型店の台頭など、地方経済が直面する厳しい課題が浮かび上がる。



