国産漆の需要が高まる中、国内第2位の生産量を誇る茨城県内にある常陸大宮市の「奥久慈漆生産組合」が存在感を増している。農家や漆芸家らが所属する同組合は、木の植栽、管理から漆器制作まで一貫して関われるのが特徴だ。漆産業に携わる人が県内外から集まり、海外では「ジャパン」と呼ばれる漆器の製造を支えている。
川上から川下まで学べる環境
「川上から川下まで学べる」。市内で漆器作品の制作に励むのは、組合員の室瀬祐さん(40)だ。畑には、苗木から育てているウルシが立ち並ぶ。2023年に家族4人で東京都内から移住し、築約150年の空き家を改装して工房を開設した。初めて市を訪れたのは学生時代で、漆を学ぶことが目的だったが、山間部の豊かな自然や温かな組合員の人柄に惚れ込んで移住を決意。仲間の手助けもあって、畑のウルシもすくすく育っている。
漆の歴史と組合の発足
漆はウルシの表面に傷をつけて採取する「漆液」から不純物を除いて作られる。工芸品、建築物の塗料や接着剤として使われ、硬化すると深みのある色合いや光沢をまとう。縄文時代から利用されているとされ、市などによると、県内では江戸時代に水戸藩2代藩主・徳川光圀が農民にウルシの植栽を奨励したとされる。
県北西部が主な産地だが、後継者不足を解消して生産量を維持するため、1990年に組合が発足した。活動している組合員は17人で、農家のほか、漆液を採取する漆かき職人、漆を塗る前の盆や椀などを作る木地師、漆芸家が所属。10人ほどが県外出身者という。
優良品種の開発で増産へ
組合長の木村正幸さん(70)は「さまざまな立場の人がいるのが魅力」と語る。組合では、苗の生産、植栽にとどまらず、情報発信や漆かき技術の指導などにも取り組んでいる。その中で現在力を入れている一つが、優良品種の開発だ。背景にあるのが、国内で流通する漆のほとんどが中国産という現状だ。文化庁は2015年、文化財などの保存修理には原則として国産漆を使う方針を示した。それでも、農林水産省によると、2023年の消費量29トンに対し、国産漆の生産量は1.65トンと、まだ需要に追いついていない。
10年以上かけて育てられるウルシから採取される漆液は、わずか200グラム程度。組合員で約30年にわたってウルシを育てている農家、神長正則さん(75)は、ウルシを人工交配させて品種改良に取り組んでいる。また、生産量の多い木の根を切り取って苗木にすることなどもしている。この中から、400グラム程度の漆液が採れる木も出てきた。神長さんは「いずれ増産につなげられる」と自信を見せる。
漆芸家の挑戦
漆芸家の室瀬さんが専門にするのは、金や銀の粉を使って表面に繊細な装飾を施す技法の「蒔絵」だ。6月上旬から7月上旬には東京都内で個展を開いた。室瀬さんは「奥久慈漆は透明度が高く、鮮やかな色合いを引き出す。作品を通じて土地や人の魅力を伝えたい」と語る。
常陸大宮市の魅力
水戸市から北西に列車で30分ほどに位置し、市域の約6割を山林が占める。人口は3万5440人(5月1日現在)。東部に久慈川、南部に那珂川が流れ、カヌーやキャンプ、バーベキューなどのアウトドア活動が楽しめる。ナスやネギ、シャモ、鶏卵など品質にこだわった農産品を「奥久慈ブランド」として生産。市の魚にもなっているアユは市内各所で味わえる。伝統工芸品の和紙「西ノ内紙」などの特産品もある。
岩手の技術がユネスコ遺産に
国内で最も漆を生産しているのは岩手県で、全国生産量のおよそ8割を占める。茨城県は約1割。ほかには栃木、福島県などでも生産している。岩手県の生産の中心は県北に位置する二戸市で、浄法寺漆として知られている。中尊寺金色堂や日光東照宮など世界遺産の保存、修理にも用いられている。同市に伝わる漆かきの技術は、2020年12月、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。漆を何層にも塗る漆器の産地は全国各地にあり、特に青森県の津軽塗や石川県の輪島塗、沖縄県の琉球漆器などが有名だ。



