気候変動対策の新たな切り札として、海洋生態系が二酸化炭素(CO2)を吸収・貯蔵する「ブルーカーボン」が注目を集めている。陸上の森林が吸収する「グリーンカーボン」に比べ、ブルーカーボンは長期間にわたり炭素を固定できる可能性があり、日本でも藻場の再生やクレジット活用の動きが加速している。
ブルーカーボンとは何か
ブルーカーボンとは、マングローブ、塩性湿地、海草藻場などの沿岸海洋生態系が吸収する炭素のこと。これらの生態系は、単位面積当たりの炭素吸収速度が森林の数倍から数十倍にも達し、しかも炭素を数百年から数千年にわたって堆積物中に貯蔵できるとされる。国際連合環境計画(UNEP)の報告によれば、ブルーカーボン生態系の保全・回復は、世界のCO2排出量の最大5%を削減するポテンシャルを持つという。
日本の取り組みと課題
日本では、環境省が2021年に「ブルーカーボン生態系の保全・再生・活用による気候変動対策の推進」を掲げ、各地で藻場の再生プロジェクトが進んでいる。例えば、横浜市では「横浜ブルーカーボン」事業として、東京湾のアマモ場再生に取り組み、2022年には約1.5トンのCO2吸収量をクレジット化した。また、北海道の厚岸町では、コンブ養殖とブルーカーボンクレジットを組み合わせた地域活性化策が試験的に行われている。
しかし、課題も多い。ブルーカーボンの定量化手法はまだ確立されておらず、吸収量の算定には不確実性が伴う。また、藻場の再生には長期的なモニタリングと維持管理が必要で、コスト面での課題がある。さらに、漁業や航路との競合、海洋酸性化の影響など、生態系の健全性を保つための総合的な管理が求められる。
ブルーカーボンクレジットの可能性
企業にとって、ブルーカーボンクレジットはカーボンオフセットの新たな手段として有望視されている。例えば、J-クレジット制度では、2022年度からブルーカーボン由来のクレジットが認証対象となり、既に複数の企業が購入している。東京ガスは、横浜ブルーカーボンのクレジットを購入し、自社の温室効果ガス排出削減目標に活用すると発表した。また、三菱商事は、マレーシアでのマングローブ再生プロジェクトを通じて、国際的なブルーカーボンクレジットの創出を目指している。
国際的には、2021年の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で、ブルーカーボンの重要性が初めて正式に認識された。2023年のCOP28でも、海洋ベースの気候対策に関する議論が活発化し、ブルーカーボンへの関心は高まる一方だ。しかし、クレジットの品質や追加性の確保など、市場の信頼性を高めるためのルール整備が急務である。
今後の展望
ブルーカーボンは、温暖化対策と海洋生態系の保全を両立させる可能性を秘めている。日本は、世界有数の排他的経済水域(EEZ)を持つ海洋国家であり、ブルーカーボンのポテンシャルは大きい。環境省は、2030年までにブルーカーボン生態系の保全・再生目標を設定し、関連技術の開発を支援する方針だ。一方で、科学的な知見の蓄積や、漁業者・地域コミュニティとの協働が不可欠である。
ブルーカーボンは、単なるCO2吸収源としてだけでなく、生物多様性の保全、水質浄化、防災などの副次的便益ももたらす。気候変動対策の切り札として、今後の政策・技術・市場の動向が注目される。



