空気中に漂う微粒子の一つとして、自動車部品メーカーのアイシンが開発した微細水粒子「ハイドレイド(Hydraid)」が注目を集めている。その大きさは約1ナノメートルで、世界最小の水粒子とされる。髪や肌に潤いをもたらす作用が確認されているが、そのメカニズムは完全には解明されていない。微粒子工学の第一線で活躍する金沢大学の瀬戸章文教授と、技術を開発したアイシンの井上慎介部長が、研究の最前線を語った。
微粒子工学の専門家が解明するメカニズム
瀬戸教授は30年以上にわたり、目に見えない微粒子の計測に取り組んできた。「微粒子は目に見えませんが、空気中にいくつも漂っています。日常的に耳にする花粉やPM2.5、新型コロナウイルスなどもそうですね」と話す。微粒子は固体や液体の小さな物体であり、そのサイズによって性質が変わる。1マイクロメートルが肉眼で確認できる限界で、1ナノメートルはその1000分の1。気体の分子は約0.3ナノメートルであり、1ナノメートルサイズの水は分子と粒子の境界に位置する特殊な領域にあるという。
2021年、井上さんから瀬戸教授に相談が寄せられた。開発した装置から発生する微細水粒子が皮膚や毛髪に良い影響を与えるが、そのメカニズムが分からないという内容だった。別の実験で電荷を付与した状態で約1ナノメートル付近にピークが現れていたが、電荷のない状態での正確なサイズ計測が課題だった。
瀬戸教授らは、粒子の生成メカニズムに着目。鍵となったのが「過飽和」と「準安定」という現象だ。装置では、水を吸収する材料を急激に加熱して大量の水蒸気を発生させ、冷却することで凝縮が起こる。空気中に付着する相手がないため、水分子同士が集まり小さなクラスターを形成する。この過飽和状態で生まれた微細水粒子は、安定して水滴になるわけでも消えるわけでもない「準安定」な状態で存在する。
「準安定な状態は、時間とともに絶えず変動しています。微細な水粒子ができたり消えたりを繰り返していて、その挙動は確率的なのです」と瀬戸教授。そこに皮膚や毛髪が置かれると、微細水粒子が吸着して安定した状態に移行するという。メカニズムの完全な解明には至っていないが、揺らぎの状態を捉える手応えは得られつつある。
開発者が語る実証から応用への道
アイシンの井上さんは、プロジェクトの出発点は美容ではなく、自動車内や寝室の湿度調整だったと振り返る。水を補給せずに空気中の水分を集める仕組みを目指し、2018年にナノサイズの微細構造を持つ特殊な膜を用いたカートリッジが完成した。愛知医科大学との共同研究で肌の保湿効果が確認され、粒子の大きさが50ナノメートル以下であることが示唆された。
その後、高知工業高等専門学校の長門研吉教授との共同研究で、電荷を付与した状態で約1ナノメートル付近にピークを確認。「もしあの結果が得られていなければ、ここまで研究は進まなかったかもしれません」と井上さんは語る。しかし、電荷のない状態での計測が次の課題となり、瀬戸教授との共同研究が始まった。
井上さんは、「私たちが大切にしてきたのは、技術そのものを追い求めることではなく、それが社会の困りごとの解決につながるか、お客様にとって価値があるか、という視点です」と話す。2026年4月からは美容・健康関連機器メーカーのMTGと連携し、髪向けの装置を展開。さらに、薬剤の補助や植物・菌の培養など、生き物全般への応用も期待される。
空気中の水分から生まれる約1ナノメートルの水。その正体が完全に解明されたとき、分子と粒子の境界領域に対する理解が大きく進むことになるだろう。



