医師・僧侶が説く人生100年時代の「ぴんぴんころり」の新解釈
医師・僧侶が説く人生100年時代の「ぴんぴんころり」

医師であり僧侶でもある小笠原文雄氏(医学博士、浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職)は、3000人を看取った経験から、人生100年時代の「ぴんぴんころり」の新しい考え方を示している。

「ぴんぴんころり」は古い考え方?

小笠原氏によれば、従来の「ぴんぴんころり」は人生50年時代の考え方だという。当時は急性疾患の治療法が確立されておらず、救急医療も充実していなかったため、突然死も少なくなかった。

しかし、医療技術が進んだ現在では、突然死が減り、平均寿命が延びたことで、多くの人がゆっくりと体と頭を弱らせ、最終的には誰かの助けを借りて生活しながら死を迎える。

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衰えや病気は自然の摂理であり、人生の一部だと小笠原氏は説く。人生100年時代の「ぴんぴんころり」とは、たとえ病気があっても、亡くなる直前まで元気に暮らし、苦しむことなく最期を迎えることだと定義する。

病気を人生の一部として受け入れる

平均寿命が50歳程度だった時代とは異なり、90歳や100歳まで生きることが珍しくない現代では、人間は病気をするのが当たり前だ。病気を避けようとして自分を縛ると、ストレスがたまると指摘する。

また、入院して治療を受けても、必ずしも健康な体に戻れるとは限らない。ならば、健康と病気を切り分けるのではなく、両方を人生の一部と考えることを提案している。

たとえ「病気のデパート」になっても、自分らしい生き方は可能で、「寝たきりになったら人生はおしまい」というわけではないという。

緩和ケアの進歩で最期の選択肢が広がる

緩和ケアの技術が進んだことで、がんの末期でも痛みに苦しまず、家族に迷惑をかけずに、住み慣れた家で最期を迎えられるようになった。健康でも病気でも希望を持ち、笑って生きて笑って死ねる時代だと述べている。

無理な健康法は逆効果

小笠原氏は「特別な健康法は何もしていない」と語る。強いて言えば「腹八分で医者いらず」を心がけ、食べ過ぎたら翌日控える程度だという。

食事は妻が作った料理や会席の料理をおいしく食べ、特別な食品は口にしない。仕事柄、カップラーメンを急いで食べることもある。

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