テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOは、6日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第34話「最強のライバル」の視聴分析をまとめた。
家康の挙兵宣言、注目度76.6%
最も注目されたのは20時41~42分で、注目度76.6%。家康(松下洸平)が秀吉(池松壮亮)と干戈を交える決意を固め、徳川家臣団を前に挙兵を宣言するシーンだ。
家康は居城・浜松城で戦支度を進めていた。「いかがです? 奪う側となられたご気分は」石川数正(迫田孝也)は主君に声をかけた。先だって羽柴側と織田信雄の取り次ぎを務めていた津川雄光(早瀬栄之丞)を家康は謀殺した。これまで今川義元(大鶴義丹)や織田信長(小栗旬)に大事なものを奪われ続けた家康が、初めて奪う側に回ったのだ。
「もっと高揚するかと思うたが…それほどでもない」家康が淡々とつぶやくと、数正は笑った。「御免つかまつる!」その場に怒声が響いた。酒井忠次(天野ひろゆき)である。忠次の後ろには本多忠勝(夏生大湖)、榊原康政(栗原類)、井伊直政(阿久津仁愛)ら20名ほどの徳川家の主だった武将が続いている。皆、具足姿だ。
一同が家康の前に膝をつく。「これより織田信雄様の意を受け、逆臣羽柴秀吉を討伐する」家康は床几から立ち上がり、居並ぶ家臣たちを見渡した。「今こそ、その時じゃ!」「おおー!」家康の檄に家臣団が一斉に吠える。徳川と羽柴の決戦がいま、始まろうとしていた。
徳川四天王の集結に反響
このシーンは、秀吉との決戦に向けて一堂に会した徳川軍の陣容に視聴者の注目が集まったと考えられる。
伊勢・長島城で織田信雄(山脇辰哉)から共に秀吉を討とうと誘われた家康。しかし秀吉の戦力を把握している家康は、その申し出を固辞する。信雄から腰抜けと罵られるが、今川家での人質時代に数正と交わした、武家の頂に立つという約束をかなえるために耐え忍んだ。
その後、秀吉に誘われた茶会で羽柴兄弟から人質を要求されると、一度は長丸(日影琉叶)を差し出そうとしたが、「これで、父上を泣かせた敵を殺してくだされ」と、庭の毒草を摘む長丸の姿に心を打たれた家康は考えを撤回し、秀吉を討つ決意を固めた。
SNSでは、戦支度を整え浜松城に集結する諸将に「徳川四天王、見るからにただものじゃない見た目のやつらばかりで楽しみ」「今まで四天王は忠勝しか出てなかったのに、満を持して4人登場する演出すごい」「今までドラマで見てきた四天王と違ってすごいダークな雰囲気をかもし出しているな。活躍が楽しみ」と、コメントが集まった。
徳川十六神将の面々
今回のラストシーンでは約20名の武将が居並んだが、彼らはおそらく徳川十六神将だと思われる。
徳川四天王である酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政に加えて、米津常春、高木清秀、内藤正成、大久保忠世、大久保忠佐、蜂屋貞次、鳥居元忠、鳥居忠広、渡辺守綱、服部正成、平岩親吉、松平康忠の16名は、江戸幕府成立まで家康を支え続けた歴戦の猛者たちだ。
米津常春は松平家が今川家に属していた頃、安祥城を攻めた際に信長の兄・織田信広を捕らえた。高木清秀はかつて信長の父・織田信秀に仕えており、その頃に石川数正と槍を交えたとされている。
内藤正成は弓の名手で、一揆勢の隊長を射抜いて敗走させた逸話を残す。大久保忠世は家康より11歳年上の古参で、桶狭間から三方ヶ原、長篠まで主要な戦に参加した武闘派だ。大久保忠佐は忠世の弟で、本多忠勝と同じく生涯無傷だったと伝わっている。
蜂屋貞次は桶狭間や三河平定戦で活躍したが、すでに作中では死去。鳥居元忠は家康が今川家の人質時代から仕え、後世に「三河武士の鑑」と称えられた。鳥居忠広は元忠の弟とされ、三方ヶ原の戦いで武田方の武将を討ち取った直後に自らも討たれるという壮烈な最期を迎えた。
渡辺守綱は「槍の半蔵」と称された猛将。赤坂の戦いでは何度も突撃を繰り返し、敗色濃厚な戦を逆転させた。また、徳川十六神将という概念を作った人物とする説もある。
服部正成は服部半蔵として有名で、家康の伊賀越えを成功させた立役者。平岩親吉は家康と同年代で人質時代から仕え、家康の嫡男・徳川信康の守役を務めた。松平康忠は家康の従兄弟で、長篠の戦いで酒井忠次と共に鳶巣山奇襲に参加した。
徳川家が誇る猛将たちの今後の活躍に期待が高まる。



