テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOは、4日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第38話「和を以て、大和をなす」の視聴分析をまとめた。
最も注目されたのは20時24分、注目度71.8%
最も注目されたのは20時24分で、注目度71.8%。秀長(仲野太賀)が千宗易(吉岡秀隆)に郡山の財政改革を相談するシーンだ。
秀長は逼迫する大和の財政を立て直すため、城下町である郡山へ奈良の商人たちを誘致しようと思いつく。しかし寺社勢力と同じく、古くからのしきたりを重視する商人たちは郡山への移転を強く拒んだ。
そして秀長をあざ笑う川窪清俊(カトウシンスケ)に対し、秀長は一月で郡山を人が集まる栄えた町にすると宣言する。そのための鍵は、一足先に奈良から郡山へ移ってきた筆職人・才蔵(間宮祥太朗)だった。
秀長と宗易の対話、思いがけない妙案
才蔵の筆を中心に郡山に人と商いを呼び込もうと秀長と家臣団は動き出す。筆を売り込もうと意気込む一同。しかし奈良の商人たちとの繋がりを重視する寺社や貴族たちの反応はかんばしくない。
逆風の中、秀長は千宗易を郡山へ招いた。「郡山に移り住んでほしい?」「ああ。堺の商人たちの中でもっと別の地で商いを広げたいと思うておる者はおらんかのう。その者たちに郡山に来てほしいのじゃ。そなたが頼りなのじゃ」
首をかしげる宗易に秀長は懇願する。茶人としても名高い宗易なら、商人たちをまとめられると考えたのだ。
すると突然、宗易が膝を寄せてきた。「ずっと思ってましたんやけど…」宗易が切り出す。「お武家様のお国替えって難儀そうやなあと。何度も何度も、住む土地もお城も、ころころ変わる。正直あれって、お嫌ちゃいますの?」
思いがけない宗易の問いかけに秀長は戸惑う。「普通は嫌や思うんです。自ら進んで行くならええけど、無理強いされても、人はなかなか動かれへん」宗易の言葉に秀長は黙るしかなかった。
宗易は頭を下げる。「ふう。心苦しいけど、私では堺のもんを説き伏せられまへん。どうかお許しを」「はあ、そうじゃな」「よかったら、これを郡山土産とされよ。わざわざ足を運んでもらったゆえ」
落胆する秀長だったが、才蔵の作った筆を差し出し感謝の意を示す。「ほう! これはええ筆ですなあ!」筆の見事さに宗易の顔がほころぶ。「郡山が誇る職人の作じゃ。こういうよき品が、多くの人を呼び寄せてくれたらと思うておる」「あっ!」筆を眺めていた宗易は不意に何かを思いついたようだった。そして、これこそが秀長の起死回生の一手となる。
大和の財政は破綻寸前、SNSの反応
このシーンは、秀長が領地である大和郡山の財政再建に四苦八苦する姿に、視聴者の注目が集まったと考えられる。前回、寺社と百姓の問題を解決した秀長だったが、大和の内情はまだまだ問題が山積みだった。郡山城の改修や寺への寄進を行った結果、大和の財政は破綻寸前となった。
事態を打開するため、秀長は城下町である郡山に人を集め、商いを推進させようと思いついた。しかしそこに奈良の商人たちが立ちふさがった。寺社と同じく、歴史を重んじる商人たちは新参者である秀長を軽んじていた。
商人たちを認めさせるため、秀長は家臣団と才蔵とともに動き出した。千宗易からは色よい返事は得られなかったものの、思いがけない妙案を受けた。
SNSでは、「坊主もめんどくさかったが、商人も負けないぐらいめんどくさいな」「秀長は結構売り言葉に買い言葉みたいな行動とるよね。結構負けず嫌いだよな」「現代でも引っ越しは面倒だしそれが当時となるとねえ。気が進まないのも当然だよね」と、秀長と宗易にコメントが集まった。
今回、奈良の商人たちと激しく対立した秀長だが、尾張・中村で百姓をしていた頃から金への執着が見受けられた。秀長は、史実においても温厚な名補佐役や人格者として知られている一方、お金に対して非常に厳しく、莫大な財産を蓄えていたことから「守銭奴」や「金の亡者」の側面をうかがわせるエピソードがいくつか残されている。
興福寺の僧侶が記した『多聞院日記』などの当時の記録には、秀長が亡くなった後に居城であった大和郡山城内からは、金子が5万6,000枚余り、銀子は8畳ほどの部屋に天井の棟まで山のように積み上げられており、銅銭に至っては数え切れないほどの量が保管されていたと記録されている。
また、奈良の町人へ金銀や米を貸し付ける奈良借と呼ばれる政策も行った。『多聞院日記』によると、秀長の家臣・井上高清が町人に対して金子500枚を高利で強制的に貸付け、返済不能に陥った町人が一家心中するほどの社会不安が発生したと記録されている。おそるべき内政手腕と言えそうだ。