日本三大祭りの一つ、祇園祭・前祭(さきまつり)の山鉾巡行(17日)で先頭を進む長刀鉾の稚児を務める長谷航太郎君(8)が、69年前に祖父・幹雄さん(78)が稚児を務めた際に着用した京友禅の衣装で一連の行事に臨んでいる。祖父は孫の晴れ姿を見届け、伝統を受け継ぐ思いを強くしている。
祖父が9歳で着た衣装を孫が継承
幹雄さんは繊維業を営む家に育ち、1957年、当時9歳で長刀鉾の稚児を務めた。舞妓のように白粉を塗り、行事で馬に乗るなど、祭りのひと月は「毎日が非日常だった。今も強烈に覚えている」と振り返る。
衣装は幹雄さんの両親が百貨店に注文して用意したもので、麻などの京友禅の着物4着と絹の袴2着を仕立てた。着物には鶴や竹の柄、袴にはグラデーションや格子柄が施されている。稚児を務め終えた後は、自宅の桐の箪笥で大切に保管されてきた。
今年、航太郎君が稚児に選ばれると、幹雄さんは「ありがたい縁だ。せっかくなら、自分の衣装を着てほしい」と託した。衣装は航太郎君の身幅に合わせて調整された。
保存会も驚く珍しい継承
長刀鉾保存会の理事で稚児係代表の井尻浩行さん(57)によると、稚児の衣装は近年、保存会で用意しているが、1970年代半ば頃までは一部を稚児の家族が準備していたとみられる。井尻さんは「祖父と孫が稚児を務めること自体が珍しく、衣装が家族から引き継がれたことも初めてです」と語る。
お千度の儀で祖父が見守る
祇園祭が幕を開けた1日、八坂神社(京都市東山区)で無事を祈る「お千度の儀」で、航太郎君は青や黄色の鶴が描かれた着物に、白と紫の袴を合わせた。69年前、幹雄さんが参拝した際に着たものと同じで、航太郎君は「まあまあきれい。緊張して恥ずかしかったけれど、頑張ります」とはにかんだ。
この日、紋付き袴姿で付き添った幹雄さんは「残しておいてよかった。仕立ててくれた自分の両親にも、着てくれた孫にも感謝したい」と目尻を下げた。
5日に行われた鉾町の神事始め「吉符入り」でも、航太郎君は祖父から譲り受けた竹が描かれた別の着物を着て、保存会の会所(同市下京区)で舞を披露。幹雄さんは後ろに立ち、見守った。
稚児経験が人生を決定づけた祖父
幹雄さんは、稚児を経験したことが人生での祇園祭への向き合い方を決定づけたという。「祇園祭の『主役』を務めさせてもらったという思いが強くなり、後々、継承していくための力になりたいと思うようになりました」と語る。
稚児を務めた後は、小学5年から中学3年頃まで長刀鉾の囃子方に。30歳頃からは、実家のある町内で橋弁慶山(後祭で24日に巡行)の保存会に携わり、現在は代表理事を務める。
大一番へ向けて
航太郎君は12日、組み上がった鉾を試しに動かす「曳き初め」に臨む。幹雄さんから託された、竜が円を描く柄の着物を着て鉾に乗り込む予定だ。17日の山鉾巡行では、保存会の衣装になるという。
幹雄さんは「稚児の経験が、祇園祭の伝統をつなぐ役目の第一歩になる。航太郎にもそうした思いをもってもらえたら」と話した。
なお、祇園祭の稚児は、前祭で巡行する長刀鉾や綾傘鉾などで見られ、10歳前後までの地域ゆかりの男児が選ばれる。神の使いと考えられており、白粉を施す。かつてはほぼ全ての鉾で稚児を乗せていたが、なり手不足などで順次人形に代わっていった。現在、巡行の際に実際の稚児が乗り込むのは長刀鉾のみとなっている。



