結成10年の漫才コンビ「爛々(らんらん)」(吉本興業)が、女性コンビのホープとして注目されながら3年前に舞台から姿を消した。大国麗(おおくに・うらら)さん(35)が血液のがんである悪性リンパ腫に倒れ、命の危機に立たされたためだ。闘病を経て昨年12月に復帰し、後遺症を抱えながらも舞台に立つ。「こんなコンビがいることを糧にしてほしい」と、同じ境遇にある人たちにエールを送る。
余命宣告を受けるまでの経緯
爛々はアパレル業界から転身した大国さんと、高校卒業後に吉本総合芸能学院(NSC)に入った萌々(もも)さん(28)が平成28年に結成。萌々さんのボケに大国さんが指でバツ印を作って「チョメ(ダメ)!」とツッコミを入れるスタイルで、テレビや賞レースでもおなじみの存在になった。
令和5年8月、大国さんは夏風邪のような症状に見舞われる。その後はひどい頭痛と発熱に襲われ、京都の実家で寝込んでしまった。体中が赤黒く腫れ上がり、意識がもうろうとした状態で救急搬送された。病名は血液のがんである悪性リンパ腫で、脳炎も併発していた。抗がん剤治療が行われたものの、一時は余命宣告を受けるほどの危機的な状態で、大国さん自身は「記憶が抜けてしまっている」という。
相方の無力感とリハビリの日々
懸命な治療で命はつながり、6年12月からはリハビリに入った。歩行器を使って歩いたり、字を書いたりする日々。つらいリハビリを支えたのは、舞台への愛と相方への思いだった。「単純に萌々ちゃんと漫才をしたい、お客さんを笑かしたいと思ったから」
一方、病名を聞いた萌々さんは「『自分の相方の話やのに何もできへん』と感じて、無力だなと思った」と振り返る。大国さんの病気のことは一部の人にしか伝えられなかったこともあり、萌々さんは一人で舞台に立った。コンビとしてのネタを一人で披露したが、「私一人でこのネタを成立できるんだと思うのも嫌。2人で賞レースのために作ってきたネタを一人でやるのがどうしてもつらかった」。そこで先輩からのアドバイスももらいながら、漫談用のネタを作り始めた。「いつかうーちゃん(大国さん)が戻ったときに、これを漫才にしたらいいんや」と、前を向けるようになった。
舞台復帰とM-1への目標
昨年12月、爛々としてよしもと漫才劇場(大阪市中央区)で舞台復帰を果たした。漫才を終え「ありがとうございました」と頭を下げたとき、萌々さんの視界には、マイクを挟んで隣に立つ相方の足があった。2年半ぶりの景色に、気付くと涙があふれていた。「(大国さんが)戻ってきてすごいなって、魂ごと泣いた感じでした」
大国さんには後遺症として、高次脳機能障害とてんかんが残る。ときどきろれつが回らず、舞台上でてんかんの症状が出たこともある。大きな音や強い光は、ストレスにつながりかねない。劇場など周囲の協力も得て、体調を見ながら舞台に立ち続けている。
自身と同じような境遇にある人たちに、「毎日同じことの繰り返しや、リハビリでしんどいと思う」と心を寄せつつも、「みんなで愚痴って乗り切ろう」。当面の目標にはM-1グランプリの優勝を挙げたが、萌々さんは「まずは2分ネタを走り切る」と堅実なツッコミを入れた。支える側として、萌々さんは無力さにさいなまれた。そんな経験から、「分からないことは分からないと言い切って、『まあいいか』や『何とかなる』という言葉をお守りとしてポケットに入れておくことは、悪いことではないと思ってほしい」と話した。
爛々の萌々さんは9月2日に日本橋ポルックスシアター(大阪市浪速区)で開かれる「MOOD」、同20日によしもと漫才劇場で開かれる「RutUBo」に出演予定。



