炎暑の都大路に「動く美術館」がきらめいた。祇園祭の後祭・山鉾巡行が24日にあった。華麗な装飾品に彩られた11基が世の平安への祈りをこめながら、京都市中心部をゆっくりと進んだ。
午前9時半ごろ、慣例で先頭を進むことが決まっている「くじ取らず」の橋弁慶山が烏丸御池を出発。巡行が始まった。
その中に長谷幹雄さん(78)の姿もあった。前祭の山鉾巡行(17日)では、先頭を進んだ長刀鉾で孫の航太郎さんが稚児を務めて、長谷さんも長刀鉾に同乗。この日は橋弁慶山保存会の一人として「さあ、やろか」。晴朗な表情で歩き出した。
橋弁慶山、北観音山に続いたのは、今年「山一番」を引き当てた鯉山。保存会の河合忠芳さん(61)が京都市役所前で、山鉾の進行順を確かめる「くじ改め」に臨んだ。
文箱に巻きつけられたひもを扇子でほどき、落ち着いた身ぶりでくじ札を奉行役の松井孝治市長へ差し出した。鯉山のくじ改めは、扇子を持った腕を頭上に大きく回しても、頭の位置は上下に動かない所作が特徴という。無事に大役を終えた河合さんは「子供の頃からの願いがかなった」と話した。
御池通を東へ、辻回しに歓声
11基は御池通を東へ。戦後、幅員が大幅に広がり、70年前の1956年から山鉾巡行のコースに選ばれている。山鉾が広々とした道を悠々と進んだ。
河原町御池や四条河原町の交差点では、北観音山や大船鉾などが「辻回し」を披露。車輪の下に竹を敷き、進行方向を変える巡行きっての見せ場に、観衆から歓声があがった。
やがて山鉾は終点の四条烏丸に次々と到着。祇園祭山鉾連合会の木村幾次郎理事長が見守った。
前祭に続いて炎天下の巡行となった後祭は、約4万人の人出(京都府警発表)でにぎわった。この日、京都市の日中の最高気温は38・8度を観測。橋弁慶山の長谷さんは「無事に歩けて良かった」と笑顔をみせた。
還幸祭で神輿が八坂神社へ
巡行後は、「中御座」「東御座」「西御座」の3基の神輿が八坂神社に戻る還幸祭があった。神輿は17日の神幸祭で、四条寺町の御旅所に安置されていた。
午後5時ごろ、「ホイット、ホイット」の掛け声とともに中御座が出発。担ぎ手たちが神輿を高く掲げると、沿道からは拍手が湧いた。
祇園祭は八坂神社の例祭。起源は疫病を鎮めるため、平安時代に神泉苑であった御霊会にさかのぼるという。
華やかな山鉾の巡行にも、町じゅうの疫神を集めて清める役割がある。山鉾の出発前には、木村理事長が八坂神社と神泉苑の水を合わせた「青龍神水」を道にまいた。祭りの原点を今に伝える清めの儀式だ。



