ある夕暮れ、シリコンバレーの歴史を感じさせる石造りの邸宅でのディナー。世界中の富と知性が集まるメンローパークで、投資家たちが集う場に、遅れて一人の日本人が入ってきた。
二つのワイン、二つの反応
彼は悲壮感すら漂う面持ちで、一本のボトルをホストに手渡した。「これはボルドーのメドック格付け第三級のシャトーです。日本企業が1983年から所有しておりまして。このヴィンテージはロバート・パーカー95点という歴代最高スコアを叩き出した伝説の一本です。アメリカではもう入手困難だと聞きまして、日本から完璧なコンディションのものを手に入れてお持ちしました」
ホストの反応は形式的な微笑みに留まり、会話はそこで途切れた。ワインのスペックは情報として消費され、その場から消えてしまった。
その後、もう一人のゲストが遅れて到着。地味なラベルの一本をホストの肩を叩きながら手渡した。「この間バークレーに行ったら、気になるワインショップを見つけてさ、ちょっと寄ってみた。古いヴィンテージのワインを見つけたんだよね。俺たちが大学にいた時だよな。ま、うまいかどうかはわからないけど、飲んでみようよ。下手したら、大学時代に一緒に飲んだワインかもしれないぜ」
その瞬間、ホストの目が少年のように輝き、二人は大学時代の思い出話に花を咲かせた。
信頼を築く振る舞い
日本人が持ってきた高価なボルドーワインは、「知識」という名の孤独な島に取り残された。一方、地味なワインは「物語」によって場をつなぎ、信頼を深めた。
エグゼクティブは相手の選択を変えようとはしない。変えるのは常に自分自身の振る舞いである。ワインは自由を祝福する飲み物であり、他者の自由と境界を守れなければ、どれほど高価なワインを開けても一流の円卓に座り続けることはできない。
本書『エグゼクティブはなぜワインにはまるのか?』(今野有子/クロスメディア・パブリッシング)では、ワインがグローバルビジネスにおける「共通言語」であり「信頼の指標」であることを解説している。



