旅行ライターの芹澤和美さんが、マカオをテーマにした写真エッセー「小さな世界を旅するマカオ 人口2%、マカエンセに会いにゆく」(ジャーナルハウス)を出版した。円安や物価高騰の影響で海外旅行は、限られた時間と予算の中で、いかに数多くの有名観光地や人気のグルメを巡るか、効率やお得感が重視されるようになっている。そんな中で芹澤さんが、東京都の60分の1程度しかない小さなマカオの、さらに小さなコミュニティーを訪ねてつづった本書は、コスパやタイパとは一線を画す旅行記だ。
これまでに56の国・地域を訪ねた芹澤さんに、海外旅行の楽しみ方や、円安でも行きたいおすすめの渡航先を聞いた。
マカエンセの暮らしから得たヒント
――マカオというと、世界遺産のセナド広場、豪華なカジノ、マカオタワーなどを巡る観光が一般的です。本書のタイトルにもある「マカエンセ」という言葉は初めて聞きました。
約68万人が暮らすマカオには、およそ1万人の「マカエンセ」と呼ばれる人々がいます。一般的に、ポルトガルにルーツを持つマカオ人を指します。人口の大半を中国系住民が占めるマカオで、全体のわずか1~2%ほどの小さなコミュニティーですが、独自の「パトゥア語」で演劇を披露し、伝統料理のレシピを受け継ぎ、コミュニティーの祭りが脈々と続けられています。
人口や規模を考えれば、とても小さく心もとないコミュニティーなのに、「なぜ、これほど豊かで輝いて見えるのだろう」と感じました。マカオと比べれば日本は広く、地域ごとに都市や自然などに特色があり、選択肢がたくさんあるのに、「何か足りない」「退屈だ」と気分が沈むことがあります。一方、マカエンセは限られたエリアで、人と人とのつながり、食、言葉、文化を育てながら暮らしている。まさに、狭い地域に根差した深い暮らしそのものです。幅広い話題や情報をスクロールするように、ただ表面をなでているだけの今、マカエンセの人たちの暮らし方から得られるヒントがあるように思い、この本をまとめました。
印象に残ったトラブル体験
――海外旅行でのトラブルや印象に残った出来事はありますか。
有名な観光地よりも、予期せず起きた出来事のほうが印象に残っています。キューバ・ハバナでは、夫婦だという男女に「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのメンバーが近くで演奏する」と誘われ、一緒にローカルのバーへ行きました。キューバ発祥のカクテル「モヒート」を飲み、サルサを踊り、現地通貨の人民ペソをもらって、楽しく過ごしていたところ、葉巻を売る家へ誘われました。怪しいと思いつつ、「キューバの一般家庭に入れる機会はなかなかない」とついていきました。家に入ると今度は、「妊娠中の妻のためにミルク代がほしい」と無心されましたが、もう展開は予想できていたので、日本円で400円程度を置いて去りました。金額に不満だった妻役の女性はプンプン怒っていましたが、夫役の男性が申し訳なさそうにしていて、ちょっと憎めませんでした。
ベトナム・ホーチミンでは、本物そっくりの白タクに乗ってしまいました。降りる際に、運転手から「料金計算をするので電卓を使いたい」と言われ、iPhoneを渡しました。その直後、「ここは停車できないから早く降りて」と大声でせかされ、言われるがまま降りると、そのまま逃げられてしまいました。警察に被害を届け出るとき、英語を話せるホテルのスタッフが警察まで付き添ってくれました。周辺への聞き込み調査まで行われ、まるでテレビの警察ドキュメンタリーみたいな展開に。ずっと通訳をしてくれたホテルのスタッフに、「こんなことがあってもホーチミンはいいところだよ。家族や友人とまた来てほしい」と言われました。iPhoneを奪われた悔しさよりも、その土地の人の誠実さや親切に触れたことが印象深く記憶に残りました。
円安でもおすすめの渡航先
――円安や物価高騰の影響で、日本人の海外旅行離れが加速しています。円安でもおすすめの渡航先を教えてください。
1つ目はマカオです。日本から香港国際空港へ約5時間、香港に入境することなく、空港からマカオ行きの直通バスでおよそ40分です。日本からとても近いのに、ポルトガル文化と中国文化が混ざり合い、異国情緒を感じられる街並みがあります。コンパクトなので徒歩で観光ができますし、タクシーやバスに乗って、ちょっとした遠出も楽しめます。中華料理、ポルトガル料理、マカエンセ料理など食文化も多彩。短期間でもバラエティーに富んだグルメを楽しめます。
2つ目はウズベキスタンです。交通機関や支払いが不便そうなイメージがありましたが、実際に行ってみると、大変過ごしやすいと感じました。多くの飲食店やスーパーでクレジットカードが使えますし、米ドルから現地通貨に両替できるATMもありました。首都タシケントでは、地下鉄もクレジットカードで利用できました。タクシーは安く、配車アプリも使えるので、言葉が通じなくても移動に困ることはありません。都市間を結ぶ特急列車も日本から予約でき、乗車時にはQRコードを見せるだけです。食べ物は、羊肉がとても新鮮でおいしい。イスラム圏ですが、酒類も専門店などで購入できます。何よりも物価が日本と比べると6割程度なので、円安の日本から行ってもお得に感じられるでしょう。
3つ目はアルゼンチンです。思い切って遠くへ行くなら、アルゼンチンが一押しです。日本から乗り継ぎを含めて30時間前後かかります。日本からこんなに遠く離れた国ですが、多くの日系人が活躍しています。日本文化を大切にする人が多く、日本人が行けば歓迎されているのを肌で感じることができます。「こんな遠いところに、こんなに日本の応援団がいるんだ」と心が熱くなりました。海外へ行ったからこそ、逆に日本について考えさせられる機会になりました。日本にはない景色や食を楽しむのもいいですが、アルゼンチンは日本について見直すきっかけになる国の一つです。
「答え合わせ」にしない旅のコツ
――最近では、YouTubeやSNSでホテル、移動手段、人気グルメなど様々な現地の情報に触れられます。“映え”を求めた旅行や聖地巡礼など、旅のスタイルが多様化しています。
私もリスクを回避するために、下調べはきちんとします。ただ、「答え合わせの旅」にはしません。YouTubeやSNSはとても便利で、現地の治安状況、交通手段、お店の営業時間など、事前に知っておいたほうがいい情報もたくさんあります。その一方で、SNSで見た場所へ行って、SNSで人気のものを食べ、SNSで話題になっていた写真と同じように撮影するだけの旅になってしまうのは、少々もったいない気がします。多少予定通りにいかなくてもいいんです。たまたま入った店がおいしかった。道に迷ったことでおもしろい場所を見つけ、現地の人たちと触れ合えた。思い返すと、そんな偶然のほうが、強く記憶に刻まれています。
――女性や高齢者の一人旅も増えています。
私も一人旅をする機会が多いのですが、旅先で心がけているのは、「安心して戻れる拠点を作ること」です。滞在先の拠点には、快適なホテルを選びます。必ずしもラグジュアリーな高級ホテルである必要はありません。場所が便利で快適に過ごすことができ、スタッフの対応がきちんとしていて、困っているときに相談できるといったことを重視します。こういった情報は、SNSや口コミサイトである程度は把握できます。旅行中に万が一、「ああ、きょうはもう動きたくない」と思っても、快適なホテルならそこでゆっくりと過ごすことができます。また、一人旅だからといって、なんでもかんでも一人ぼっちでいる必要はありません。現地ツアーに飛び込んで参加者と交流するのもいいし、移動方法や近場のグルメをホテルのスタッフに尋ねてもいい。SNSに情報があふれているといっても、現地で得られる生きた情報にはかないません。そのためにも、スタッフが協力的なホテルを探しておきましょう。
(聞き手・読売新聞メディア局 鈴木幸大)



