「甲斐の虎」と呼ばれた戦国大名・武田信玄の棋力はいかほどか――。山梨県北杜市の市囲碁美術館で今月10日に開かれた「第15回名峰と名水の里北杜囲碁まつり」で、信玄とその家臣・高坂弾正の「伝説の対局」の解説が行われた。
信玄の棋譜とされる一局を現代の視点で分析
解説を務めたのは、安田明夏初段(24)と、同市出身で新宿囲碁サロン代表の囲碁インストラクター、藤森稔樹さん(40)。信玄の棋譜とされるのは、永禄9(1566)年に打たれた一局だ。序盤の布石もそこそこに、右上から始まった戦いの碁が続く。166手までで白番の信玄が勝利を収めており、同館には往時を再現した対局石像も展示されている。
「三段くらいの棋力」と判定
「現代の打ち方とはまるで違うが、信玄は『二目の頭見ずハネよ』を理解している。まだ定石のようなものがない時代だが、自分で考えて直感的に厳しい手を打っているのでは」。藤森さんは「戦いすぎには見えるがはっきりとした悪手はほぼなく、三段くらいの棋力はある」と判定を下す。
もっとも、江戸時代に囲碁の家元制度が確立する以前には棋譜を取る習慣がなく、後世の作とみる説もある。信玄の棋譜は文政12(1829)年に家元四家の井上家の門人が著した『古棋』が初出で、いわば260年の時を経て"再発見"された形だからだ。
囲碁がつなぐ文化的価値
「棋譜を通じて信玄の時代に思いを馳せるのは、とても文化的な価値のあること。囲碁は古臭いゲームではなく、人と人とをつなぐ力がある」と藤森さん。名将が盤上に描いた戦略をたどるのもまた一興だ。