島根県松江市の島根半島北東部、日本海に突き出た岬「潜戸鼻」の先端に、海食作用でできた洞窟「加賀の潜戸」がある。「神話の洞窟」とも呼ばれ、明治の文豪・小泉八雲も「これ以上に美しい海の洞窟は、そう考えられるものではない」と絶賛した景勝地だ。
約50分の遊覧船コースで神秘の空間へ
7月下旬、潜戸鼻に近い加賀港から、船頭歴19年の福島速人さん(58)の軽快なアナウンスとともに遊覧船が出航した。加賀の潜戸を巡る約50分のコースで、年間約4000人の観光客が訪れる。
コース途中では、1400万年前の海底火山活動で安山岩と火砕岩が積み重なってできた岬の地層も見え、その壮大なグラデーションに乗客は感嘆の声を上げた。
伝説残る「新潜戸」と「旧潜戸」
加賀の潜戸は、岬の突端近くにあるトンネル状の洞門「新潜戸」と、加賀港から正面に見える洞窟「旧潜戸」の二つから成り、波の穏やかな日は船で中に入ることもできる。
奥行きが200メートル以上ある新潜戸は、奈良時代に編さんされた「出雲国風土記」にも記されている。出雲四大神の一人、佐太大神の誕生の地とされ、母神の支佐加比売命が弓矢で岩を射通すと洞内が明るく輝いたと伝わる。伝説の通り、洞門の内部は差し込む光で照らされ、澄んだ海の色とともに神秘的な空間が広がる。
一方、旧潜戸は別名「仏潜戸」と呼ばれる。高さ10メートル以上、奥行き50メートルほどの巨大な洞窟で、海岸から洞窟につながるトンネルを抜けると、十数基の地蔵とともに、積み上げられた石の塔が無数に並ぶ。幼くして亡くなった子どもが、親を思って小石を積み上げたとされる「賽の河原」伝説の地だ。
信仰の対象として見守られてきた洞窟
地蔵のそばには、我が子を亡くした親が供えたとみられる人形やおもちゃがある。数年前に我が子を亡くしたという県内の夫婦は、「今年も来たよ」とつぶやきながら、いとおしそうに人形の頭をなでていた。
加賀観光協会の山田和彦会長(73)は「潜戸は古くから信仰の対象。神と仏の宿る場所として、地元住民は大事に見守ってきた」と語る。昔は加賀の潜戸に向かって手を合わせる住民もいたという。
一方、洞門の海食や崩落は続いているという。山田さんは「洞窟と日本海が織りなす独特な絶景を、この先も大切に見守り続けたい」と強調する。
3~11月の波が穏やかな日には、「マリンプラザしまね」発着の遊覧船が運航され、約50分の船旅で新潜戸と旧潜戸を巡る。出航時間は午前10時20分~午後3時20分(受付時間は午前9時30分~午後3時15分)。料金(税込み)は中学生以上は2000円、小学生は1000円。6歳未満は、大人1人につき2人まで無料。問い合わせは加賀潜戸遊覧船(0852・85・9111)。



