1962年8月5日、米女優マリリン・モンローが36歳で死去した。家政婦の証言や死後解剖の不可解な点から他殺説も浮上したが、警察は自殺の可能性が高いとして捜査を終了した。絶世の美女と謳われた彼女の死には今も謎が残る。
ケネディ大統領への伝説的歌唱
1962年春、マリリンはゴールデングローブ賞のヘンリエッタ賞(世界で最も好かれた女優に贈られる賞)を受賞。新作映画「女房は生きていた」の製作も発表されたが、マリリンは副鼻腔炎で撮影開始日から休みがちとなり、20世紀フォックス側は仮病と受け取った。
5月19日、マリリンはマジソン・スクエア・ガーデンで行われたケネディ大統領の誕生会に出席。ベージュのタイトドレスで登場し、酔ったようなハスキー声で「ハッピー・バースディ」を歌い、観客は大歓声。伝説となったこの出来事で、フォックス社はマリリンの仮病を確信したが、マリリンはヌードを披露して宣伝に協力することで手打ちとした。
死の謎と捜査
マリリンの死後、第一発見者とされる家政婦の証言は何度も変わり、解剖結果にも異常が認められた。致死量の薬物は検出されず、S字結腸が異常に腫れていたなどの報告がある。他殺説も取り沙汰されたが、警察は自殺と断定して捜査を終了した。
元夫ディマジオは結婚式での約束を守り、献身的な態度を示したとされる。マリリンの死は今なお多くの謎に包まれたままである。



