「そういう物言いはないだろう。母の煮穴子は絶品なのだぞ。そりゃあ、真砂屋の息子の口には合わんかもしれんが」
すると雄馬が何事か呟いて、ぷいと顔を横に振った。
「あの、坂上さま、そちらはあたしがお預かりいたしましょう」
時蔵が倫太郎の手から包みを受け取った。
「では、行ってくる」
倫太郎は踵を返した。
江戸屋敷の門を出て、元来た道を走る。早くせねば、夜になってしまう。そもそも江戸の道がわからぬのに、暗くなったらなお迷う。
急げ、急げ。
空はもうすっかり暮色をしている。倫太郎は汗ばみつつ地蔵橋を目指す。
と、肝心なことに気づいた。
江戸に初めて足を踏み入れたのだ。地蔵橋がどこにあるのか知らない。
倫太郎は一瞬、途方に暮れたが、幸い通りはまだまだ往来がある。倫太郎はキョロキョロと辺りを見回し、老武士を目に留めた。
「ご老体、少々道を伺いたい。地蔵橋というのはどこでござろうか? 江戸は不案内ゆえ」
老武士は、旅装束のままの倫太郎を眺め目尻に皺を浮かせた。



