14歳で妊娠が発覚し、15歳で出産したののさん(現在36歳)。Instagramに「ひとり息子の成人式、大きな節目なので記録に」と投稿した動画が15.4万回再生され、「素敵親子」「なんだこの親子、最高じゃん」「14歳からお子さんを育て上げて、本当に凄いしご立派」「イケメンの息子さんですね」などと話題になった。若くしての妊娠出産、結婚、夫のDVに悩み離婚と、壮絶な人生を歩んできた。それでも明るく前を向き、必死に生きてきたののさんに、当時を振り返り、お子さんとの歩みについて聞いた。
14歳での妊娠発覚「産むの一択」
20歳になった息子さんと15歳でママになったののさん。息子さんが成人したことについて、「大変なことがたくさんあったので20年という年月は長かったはずなのに、過ぎてみたら本当にあっという間で、嬉しい気持ちと寂しい気持ちとで複雑でした」と語る。ののさんにとって息子さんは「大切なひとり息子であり、姉弟のような友達のような存在でもあり、二人三脚で一緒に成長してきた相棒」だという。
妊娠発覚時のエピソードについて、「つわりが来るのが早く、先につわりが来て検査をしました。心当たりはあったので、陽性結果を見たときはやっぱり…という感じでした。迷ったり、どうしようと思うことは全くなく、妊娠がわかった時から『産む』の一択でした」と振り返る。
当時、お相手の反応は「おろしてほしいと言われました。しかし、私の気持ちは揺らぐことはなく『一緒にならなくてもいいから、ひとりで産んで育てます』と伝えました。その結果、一緒になって一緒に子どもを育てていくということになりました」と明かす。
動揺は全くなかったといい、「これからしなければいけないことを考えてリストに書き出していました。若くしての妊娠だったので、当時住んでいた町の福祉課にひとり呼ばれ、若くて出産するリスクなどの説明も受けました。なので、赤ちゃんが元気に育って生まれてきてくれるか…心配はありました」と当時を振り返る。
両親の反応と学業への影響
ご両親やご友人の反応について、「私の両親は最初はもちろん賛成はしませんでしたが、1度決めたら絶対に揺るがない私の頑固な性格をわかっていたので、『自分で産むと決めたなら頑張りなさい』と最終的には背中を押してくれました。友人はみんなびっくりしていましたが、それ以上にとても喜んでくれて、『おめでとう!!』とお祝いの言葉をもらいました」と語る。
お腹が大きくなるにつれての不安については、「不安はあったのかもしれないのですが、毎日必死すぎてあまり不安だった記憶がなく…。お腹を隠して働かなければいけない、生活をやり繰りしていかなければいけない、そのことで頭がいっぱいになり、必死で不安に感じる時間があまりなかったのかもしれないです」と述べた。
学業については、「小学生の時から転入校を繰り返していたことと、中学1年の時にいじめに遭ったことで、中学生になってから学校を休みがちになりました。中学3年の時は、ほぼ学校に行っていない状態でした。そして、また別の学校へ転校になったことで、卒業式も出ずそのまま中学卒業となりました。なので、最初から高校進学の予定はなく卒業して働くの一択でした」と説明する。
17歳で離婚「自分の手でこの子を守る」
息子さんが生まれた当時の心境について、「自分の手でこの子を守っていかなければいけないと、改めて強く感じました。『母は強し』といいますが、本当にその通りだと思います」と語る。
16歳で入籍したが、その後離婚。その経緯について、「14歳で妊娠、15歳で出産しました。16歳になって籍が入れられる年齢になってから入籍しました。その時から夫婦関係は全くうまくいってなかったのですが、子どもの苗字が違うのは…という理由だけで入籍しました。婚姻届も母と市役所に持っていきました」と明かす。
離婚の決定的な理由はDV。「妊娠した時から酷いDVを受け続けていたので、最終的にDVが原因で17歳になる前に離婚しました。子どもが産まれたら変わってくれると思い我慢していましたが、変わることはなく、子どもを守るためにも離婚した方がいいと思っての決断でした」と振り返る。
10代での子育ての苦労と支え
10代で息子さんを育てる中での大変だったこととして、「バスも電車もほとんどない田舎町だったので、車の免許を取るまでは、とにかく子どもを連れての移動が大変でした。タクシーを使う余裕はなかったので、両親に送ってもらったり、それが無理なときはどんな所でもベビーカーを押して歩いて移動をしていました」と笑いながら語る。
周囲の協力体制については、「生活のために仕事ばかりの日々だったので、息子には寂しい思いをさせてしまったと思うこともあります。両親も若く、私自身5人兄弟だったこともあり、家族からたくさんの助けがあったおかげで息子を元気にすくすく育てられたと思います」と感謝を述べる。
インフルエンサーとしての活動とグランプリ獲得
現在はインフルエンサーとして活動しているののさん。「もともとネイリストと接客業をしていたので、その合間にインフルエンサー業をしています。私のような経験をしている人や、今とても大変で前が見えなくなってしまっている人に、『大丈夫だよ!』と伝えたい、伝わったらいいなという気持ちです」と語る。
その活動が実結し、『Mrs関西コレクション2022』ではインフルエンサー部門初代日本グランプリを獲得。「本当のどん底を経験して、『もう死にたい』と思ったことも何度もありました。そんな私があんなに素敵な賞をいただいて、当時の私からしたら絶対に考えられない奇跡でした。当時の私に、『大丈夫だよ、前を向いて頑張っていればなるようになるよ』と伝えてあげたいです」と振り返る。
若くしてママとなったことを振り返り、「“若い”というだけで白い目で見られたり、辛い経験をすることも多々ありました。そのぶん本当に強くなることができました。もともと引っ込み思案だった性格の私が、コンテストに出たり、インフルエンサーとしてお仕事できるまでになったのも、若くしてママになっていろんな経験をしたおかげだと思っています」と述べる。
年齢を重ねて気づいたこと、息子への想い
年齢を重ねたからこそ気づいた視点として、「当時、『そんな歳で子どもを産むなんて、子どもが子どもを産むようなものだ!』と言われて、とても嫌な気持ちになったのですが、今の年齢になり14、15歳の子を見ると、子どもだなって思います。それは心配されるよなあ、そう言われても仕方なかったよなあ、と今は思います」と語る。
子育てで大切にしていることは、「本当にずっと働き詰めだったので、息子と一緒にいる時間や休日一緒に出掛ける時間を大切にするよう心掛けていました。今は息子が船の仕事をしており、2〜3ヵ月家を空け、休暇で1ヵ月帰ってくるという生活です。休暇の1ヵ月間は、ご飯を食べに行ったり一緒に飲みに行ったり、家族みんなで集まったり、大きくなった今でも一緒にいれる時間を大切にしています」と明かす。
最後に、息子さんとの生活を通して今改めて感じる想いを、「大きくなり頼りがいある優しい子どもに育ってくれました。大変だったし、寂しい思いもさせてしまった。ですが、あのとき産むと決めたことや頑張ってきたことは、決して間違っていなかったし、無駄じゃなかったと思います」と締めくくった。



