シンガー・ソングライターの小椋佳さんが、第一勧業銀行(現みずほ銀行)時代に務めた「MOF担」の経験を振り返り、「大変でした。もう二度とやりたくないよ」と語った。昭和51年ごろ、証券部企画課長のころに2年間、大蔵省(現財務省)の役人を接待する「MOF担」を務めたという。
芸者置き屋巡りと毎日の現金
小椋さんは、上司から「これから2年間、大蔵省を担当してくれ」と言われた際、最初にやらされたのは芸者さんの置き屋巡りだったと明かす。新橋や向島の置き屋にあいさつに行き、「これから2年間、お世話になります」と伝え、芸者さんたちに「第一勧銀の悪いことを言わないように」と頼んだという。
さらに、2年間毎日、現金で数十万円を持ち歩き、料亭やクラブに役人を連れて行った。カラオケで「歌え」とむちゃぶりされたときは、河島英五の「酒と泪と男と女」、大川栄策の「さざんかの宿」、洋楽の「アンチェインド・メロディ」の3曲だけで通した。小椋佳の曲は基本的に歌わなかったが、役人から「どうしても、あの曲を歌ってください」と言われれば歌うこともあったといい、「あまり、銀行局長らに盾突くわけにはいかないからね」と述べた。
シルクロードでの命拾い
昭和54~55年にNHKで放映されたアニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」の音楽を依頼され、休暇を取得してシルクロードへ出かけた。10歳ほど年上のカメラマンが付き人として同行し、2人で旅行した。休暇は10日間しかなく、飛行機で移動しながら空港から車で回った。
アフガニスタンの首都カブールから、古代遺跡群で知られるバーミヤンまで車で3、4時間かかる道中、ヒンズークシ山脈の砂漠地帯で車が故障し、動けなくなった。運転手が修理を試みたが、まったく動かず、日中は約40度の熱砂でも夕方から冷え込み、「本当にここで凍死するんじゃないかと思いました」と振り返る。運良く通りかかった隊商(キャラバン)に助けられ、命拾いした。
故障した場所はバーミヤンに近く、「あんまり苦労した気持ちはない。ただ、その間際は死ぬかと思いました。本当に、寒さで、あやうく凍死です。寒暖差はすごいですから」と語った。
星で埋め尽くされた夜空
現地では野外にあるパオホテルに宿泊した。夜中に目が覚めて空を見上げると、「夜空が全部、星」で、「すごいところに来ちゃったな、と思いました。あれは感動したな。まあ、命拾いした後だったから、余計、そう思ったのかもしれないですけど」と述べた。