歌手で俳優の美輪明宏さんが6月20日午前9時30分、老衰のため91歳で永眠した。所属事務所のオフィスミワが28日、公式サイトで公表した。TBS系『サンデー・ジャポン』(毎週日曜 前9:54)の生放送中に速報が入り、出演者のデーブ・スペクターが追悼の言葉を述べた。
「丸山さんと呼ばれていた頃から」デーブ・スペクターが語る美輪明宏の素顔
この日、美輪さんの公式サイトに「訃報」が掲載された。それによると、「突然のご報告となりますが、弊社所属の歌手で俳優の美輪明宏が、六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました。生前は多くの皆さまから格別のご厚情を賜り、いつも温かく支えていただきましたこと、本人ならびに弊社社員一同、心より感謝申し上げます」と伝えている。
また、「この一年は、高齢のため仕事をセーブし、体力の回復に努めておりました。約三ヶ月前に体調を崩してからは、自宅で静養しておりました。最後は『ありがとう』と一言感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じました」とし、美輪さんが生前したためた直筆メッセージも公開された。
『サンデー・ジャポン』の生放送では、デーブ・スペクターが「丸山さんと呼ばれていた頃から知っているんですけれども」と美輪さんの本名に言及。美輪明宏は本名を丸山明宏といい、芸名は1967年に改名したものである。デーブは続けて「家に一度行ったことがありまして、もう美術とか、アールデコみたいな、博物館みたいな自宅にお住まいになっていました。昭和を象徴する映画、全部知り尽くして、ゴールデン街とかしゃれたバーで文学を熱く語るような方だったんですけど、本当に偉大な人だった」としみじみと語った。
さらに、「晩年は髪の色が派手だったって若い人知ってるんですけど、本当にすごい、素晴らしい人だったから、ぜひぜひ昔の作品を見る機会があったら見てあげてほしいなと思います」と呼びかけ、若い世代にも美輪さんの功績を知ってほしいと願った。
長崎出身、16歳でプロ歌手デビュー「メケメケ」大ヒット
美輪さんは長崎県出身。16歳でプロの歌手となり、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」を拠点に、クラシック、シャンソン、タンゴ、ラテン、ジャズと幅広いジャンルを歌い注目を集めた。1957年に「メケメケ」が大ヒット。また、日本におけるシンガーソングライターの元祖として「ヨイトマケの唄」など多数の曲を自作した。現在までコンサート、舞台、映画、テレビ、講演、著作と多方面で活躍。2012年には77歳にしてNHK紅白歌合戦に初出場を果たした。
俳優としては、「演劇実験室天井桟敷」の旗揚公演『青森県のせむし男』や『毛皮のマリー』への参加・主演をきっかけに、『黒蜥蜴』(江戸川乱歩原作)、『双頭の鷲』、『椿姫』、『大典礼』など当たり役が多数。ドラマや映画にも数多く出演し、宮崎駿監督の『もののけ姫』や『ハウルの動く城』では声優を務めた。さらにレギュラー番組『オーラの泉』(テレビ朝日系)など、バラエティー番組でも活躍した。



