韓国で歌手、タレントとして活躍するカンナムが、ニッポン放送『大沢あかね LUCKY 7 supported by 犬塚製作所』に出演し、幼少期からの夢や韓国でのブレイク秘話を語った。海外収録企画「大沢あかね LUCKY 7 in 韓国」(6月29日〜7月3日放送)で、大沢あかねとのトークを展開した。
幼少期から芸能界に憧れ
カンナムは「芸能人以外は何も考えていなかった。目立ちたい、有名になりたい、モテたい……」と幼い頃から抱いていた夢を告白。東京ディズニーランド近くで育ち、ステージでミッキーと一緒に踊るほど目立ちたがり屋だったという。日本ではORANGE RANGEの元ドラマーとバンドを組んでデビューしたが、結果を残せず韓国の芸能事務所へ移籍。スカウトされた理由を「すっごいイケメンだった」と冗談交じりに話し、「日本語と韓国語がしゃべれたので」と振り返った。
20億円の借金と挫折
しかし、韓国でも挫折を経験し、約20億円の借金を背負う窮地に陥ったことも明かした。言葉の壁を理由に社長からバラエティー番組への出演を止められるも、「絶対に人気を出すから!」と直談判。そしてつかんだ番組では、わずか10分の出演で大反響を呼び、そこから十数年にわたり第一線で活躍し続けている。
日韓の笑いの違いと多忙な日々
日韓の笑いの違いについては「韓国はストレートで分かりやすい」と分析。さらに、「1時間の番組を平均5時間かけて撮る」という韓国ならではの撮影スタイルが自身に合っていたと語った。ブレイク後は「CM12本、レギュラー14本」を抱え「1年間くらい本当に寝ていなかった」と多忙を極めたという。
一番大変だった仕事は北極マラソン
番組最後の一問一答で「一番大変だったお仕事」に「去年の北極のマラソン」と回答。普通のマラソンと思っていたが、実際は山道や氷上を含む過酷な42キロのコースだったといい、「終わって本当に2日間ぐらい気絶して」と振り返り、「それは大変でしたね」と大沢も驚きを隠せない様子だった。
番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聴くことができる。また、ポッドキャストでも配信。



