映画『国宝』が2026年春に興行収入200億円を突破し、歌舞伎界に活気をもたらしている。公開後の口コミやリピーターに支えられたロングラン作品で、実際の歌舞伎興行にも波及効果が及び、歌舞伎座では大入りの日が続いている。しかし、この活況の裏で、歌舞伎界には長年手つかずのままの構造的な課題が存在する。日本女子大学名誉教授の細川幸一氏は、「伝統芸能を支えてきた松竹の功績は大きいが、課題も多い。歌舞伎の裾野が広がりつつある今、時代に合わせた変化が必要ではないか」と指摘する。
歌舞伎に残る家格と門閥の壁
歌舞伎界には、歴史が長く本家などの大名跡を持つ「主役の家」と、分家や門弟筋の「脇役の家」という家格が存在する。歌舞伎の家に生まれなかった者だけでなく、血筋ある家に生まれても「脇役の家」だと、御曹司であっても看板となる主役の座にはなかなか届かない。細川氏は「華やかな舞台の陰に、現代社会では当たり前に問われるべき透明性や公正さが届いていない世界がある」と述べる。
松竹の功績と一企業依存のリスク
歌舞伎は伝統芸能であると同時に、松竹が支える商業演劇である。歌舞伎座、新橋演舞場、京都・南座、大阪松竹座(2026年5月閉場)、全国巡業の「松竹大歌舞伎」など、主要な興行のほとんどを松竹が担ってきた。1930年代には東宝が人気俳優を招いて歌舞伎興行を試みたが長続きせず、現在は「歌舞伎=松竹」の体制が確立している。細川氏は「伝統芸能が一民間企業による商業演劇として年間を通じて安定的に上演されている例は世界的にも珍しい」と評価する。歌舞伎座では約1800席を擁し、昼夜二部制で毎月約22日の興行を続けている。東京では新橋演舞場や浅草公会堂、国立劇場の公演も加わり、年間を通じて歌舞伎に触れる機会が確保されている。
襲名興行の収益構造
歌舞伎興行における最大のイベントは、大名跡の襲名興行である。襲名は本来、家芸継承の節目にあたる儀礼だが、近代以降は歌舞伎座や地方の大劇場での長期興行、全国巡業、百貨店での展覧会などを組み合わせた、伝統を「見せる」総合イベントとなった。親子同時襲名などもあり、血統と歴史を物語として提示し、その価値を前提に観劇料を高めに設定することで収益を確保する。細川氏は「こうした収益機会があるからこそ、歌舞伎は商業演劇として成り立っている」と指摘する。
家制度の残酷さと包摂性
歌舞伎の家制度は血縁に厳しく、女性は歌舞伎役者を名乗ることができない。細川氏は「歌舞伎の家の娘でも役者にはなれない」と述べる。一方で、養子縁組などを通じて他者が家を継ぐことも可能であり、包摂性も併せ持つ。しかし、血縁だけが道ではないものの、「家」の壁は依然として高い。
松竹に問われる透明性
細川氏は、松竹に対して契約と報酬の透明性を求める。家制度に基づく配役や報酬の決定プロセスが不透明であり、現代社会の基準から見て公正さに欠けると指摘する。また、世界に開かれた歌舞伎になるためには、伝統を守ることと変えることを対立させるのではなく、両立させる必要があると訴える。
まとめ
映画『国宝』の大ヒットにより歌舞伎への関心が高まる中、細川氏は「歌舞伎はもっと面白くなれる」と期待を込める。しかし、家格や報酬の不透明さといった構造的な課題を解決しなければ、持続可能な発展は難しい。松竹には、伝統を守りつつ時代に合わせた改革が求められている。



