まだ肌寒い4月、ケンブリッジ大学の春休みを利用して、海外の日系キャバクラで働く「外キャバ嬢」の研究をするため、オランダの首都アムステルダムへフィールドワークに訪れた。住宅街には背の低いソメイヨシノが咲いている。Club Amsterdam(クラブ・アムステルダム)は「寮」から15分ほどと聞いていたが、初出勤に遅れてはいけないと、夜8時半前にトラムの駅に向かった。
迷いながらたどり着いた隠れ家的な店舗
乗り込んだトラムは観光客が行く中心街とは反対側に進み出した。トラムを降りて住宅街を歩いていると、突然小さなモールのようなレストラン街が現れた。イタリアン、中華、ギリシャ料理などのレストラン内には人がそこそこいるが、モール自体には誰も歩いておらず、やる気をなくしたような照明が鈍い光を放っていた。指定された住所は確かにこの辺りだが、クラブらしき店はない。世界中どこの国でも、私が知る外キャバで堂々と看板を掲げている店はなかった(カンボジア以外は!)。結局、担当ホステスのカナちゃんに迷子になったと知らせ、詳しいアクセスを教えてもらった。店はレストランエリアから少し外れた端っこにあり、レストランとレストランの間にドアがあって、知らなければ通り過ぎてしまう。
スナックのような店舗と自由な労働システム
インターフォンを押すとドアのロックが解除され、2階の店に導かれた。20代後半のカナちゃんは、見た目はほんわかしているが、あくせくしないドライな雰囲気だ。ドイツで昼夜のさまざまな仕事を経験し、アムステルダムにクラブの仕事を手伝いに来ているという。半楕円形の店内は、薄紫のカーペットに濃い紫色のソファ、ブラックのテーブルが4卓、それぞれに5~6人が座れる。棚には高級ブランデーやウイスキーのキープボトルがきらめき、壁にはカラオケ用のディスプレーが3台掛けられている。高級クラブというより、場末のスナックやレトロなカラオケ屋の雰囲気だ。2000年頃にスナックとしてオープンしたこの店は、何度もオーナーや店名を変えながら、日本からの駐在員や移住者のよりどころとして機能してきた。
「まず店内の掃除機かけとトイレ掃除をしましょう」とカナちゃんが言った。黒服がいないため、ホステスがすべてをこなすシステムだ。おしぼり作り、氷割り、グラス洗いまで全てをホステスが行う。私は世界各地のキャバクラやクラブを見てきたが、掃除は初めてだった。この自由さに新鮮さと気楽さを感じると同時に、ここはスナックなのだと気づいた。
ゲームで盛り上がる駐在員たち
通常9時台は客が少ないが、この日は常連組が来てしまった。まだ接客の説明も受けていない。外キャバの客層は銀座に比べて年齢層が幅広く、平均年齢が低い。50代、60代も多いが、30代、40代も珍しくない。この日の常連は若い日本人男性3人。アムステルダム3年目のまっちゃん(40代前半)、1年目の石井さん(30代半ば)、出張でよく来る山口さん(40代半ば)だ。カナちゃんと私はキープボトルのいいちこ、おしぼり、コースター、アイスをセットし、いいちこをスパークリングで割ってドリンクを作る。最初の20分は自己紹介がてら軽いおしゃべり。駐在員の生活、アムスでの暮らし、デュッセルドルフによく行くこと、同僚で帰国した駐在員がカナちゃんに恋していたことなどが話題に上った。
まっちゃんが「ゲームしよっ!!」とエンジンをかけてきた。彼らの目的はゲームでワイワイすることだ。定番は「ドスコイ」「ずん」「たけのこニョッキ」「しずおか塩漬け」「go,back,jump」「カラオケ得点争い」など。負けたら焼酎のショットを飲み干す。例えばドスコイは、全員が両手の拳を握って親指だけを突き上げ、誰かが「あドスコイ」「けドスコイ」など最初の文字を言い、同時に参加者全員が親指を上げるか下げる。指が上がった分が文字数になり、全員がその文字数に合った単語を考え、早い者勝ちで叫び、最後に残った人が負けだ。酔いが回ると単純なミスで盛り上がる。まっちゃんが「ナナセさんの論文に、ドスコイゲームしたって書いておいてね。お客さんはいい人たちだったとも!」と言うと、カナちゃんが「まっちゃん、そういうこと言うと『お客さんはただ盛り上がりたいだけの、寂しいおかしな駐在員』って書かれるよ!」と突っ込み、全員が爆笑した。
労働の裏に潜む不安定さ
本来ならホステスが盛り上げ役のはずだが、男性客の方がむしろ私たちのコメントを拾って笑わせようとする。異国の地で意気投合した同世代の日本人が集まって遊んでいる感覚で、私もたくさん笑った。朝の4時を回った頃、客たちはウーバータクシーを呼んで帰った。この日のお会計は700ユーロ(約13万円)だった。カナちゃんは片づけもそこそこに「もう帰りましょう!一刻も早く寝たい」と言う。楽しくても私たちにとっては労働で、客に「早く帰れ」とは言えない。そして「あ、私明日サウナに行って遅れるかもしれないんで、鍵渡しておきます」とカナちゃんは去り際に言った。私は働き始めたばかりなのに、そんな簡単に信頼していいのかと驚いた。
ロンドンでは黒服やチーママのようなマネジャーがいたが、ここにはママも黒服もオーナーも常駐しない。自由さと気楽さが半端ない。だからこそ来る客もいるし、水商売へのハードルが低くなって働く側も抵抗感なく気楽に働ける。外キャバについて、ロンドンのあるホステスは「お金をもらえるサークルみたい」と言っていた。しかし、それでは労働者としての自覚を持ち、権利を主張することが難しくなる。不安定で一時的な労働をし、結局そのツケやコストを払うのは、大抵立場の弱い雇われる側だ。アムステルダム初日の労働を振り返ると、いろんなゲームに興じてたくさん笑ったが、どこか拭えない不安を感じた。



