300年続く老舗「虎屋」がコロナ危機を乗り越え「紅白饅頭」を生み出すまで
300年続く虎屋がコロナ危機を乗り越え紅白饅頭を開発

創業300年以上の歴史を持つ老舗和菓子店「虎屋」(三重県伊勢市)は、コロナ禍で看板商品の「虎屋饅頭」が売れなくなるという深刻な危機に直面した。しかし、同社は伝統を守りつつ、時代に合わせて商品や事業、組織の在り方を柔軟に変えながら「虎屋ブランド」を継承し続けている。その象徴が、新たに開発した「紅白饅頭」だ。

虎屋の創業と虎屋饅頭の誕生

虎屋の創業は1707年。伊勢神宮の門前にある茶店として、参拝客に饅頭子を提供してきた。虎屋饅頭の特徴は、薄い皮に「虎」と書かれた焼き色の包みが印象的な饅頭だ。創業当初は砂糖が貴重だったため、甘味の少ない「塩あん」を使った饅頭を販売していた。当時の饅頭は現在のような高級品ではなく、旅人が歩き続けるための食料、いわばファストフードに近い存在だったと、虎屋の12代目社長・鎌田文明氏は説明する。

その後、砂糖が普及すると、甘みを加えた虎屋饅頭を販売するようになった。明治時代には、伊勢神宮を訪れる参拝客が増えたことから、虎屋饅頭の需要が高まった。特別な商品を提供しようと、当時貴重だった白砂糖で炊いたあんを用いたことがきっかけで、現在の虎屋饅頭へと発展していった。

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昭和に入ると、毎月1日に「朔日饅頭(ついたちまんじゅう)」という期間限定商品の販売をスタート。和菓子を通じて日本文化や季節感を伝えることも重要な役割と自負してきた。伊勢神宮への参拝客を迎える土地だからこそ、和菓子を単なる商品ではなく、日本文化を伝える存在として位置付けている。

コロナ危機と「紅白饅頭」の誕生

近年、虎屋が直面した課題は人口減少だ。虎屋の顧客は大半が日本人。人が減れば市場が縮小する。その未来を漠然と想像していたところに、コロナ禍が襲った。「いつか来ると思っていたことが、目の前に差し迫ってきました」(鎌田社長)。コロナ禍で外出や旅行の自粛が広がり、伊勢を訪れる人が激減したことで、虎屋饅頭が売れなくなった。一方で、小豆やもち米は契約農家から調達しているため、原材料は予定通り入荷される。饅頭が売れなければ、その原材料が余ってしまう。

そこで同社が知恵を絞って生み出したのが「紅白饅頭」だった。「300年間饅頭屋として一貫でやってきたので、饅頭でお客さまに喜んでいただこう」との思いで生まれた紅白饅頭は、江戸時代の砂糖あんを再現した白饅頭と、甘じょっぱい紅小豆を使った赤あんを組み合わせた商品だ。

「お土産として持っていくときに『紅白饅頭は値段が高いから』ということで、今まで虎屋饅頭を1つしか買わなかったお客さまに買ってもらえるのではないかと考え発売しました」(鎌田社長)。値段の高さから新商品を手に取った人が、なじみの虎屋饅頭も一緒に買う。結果として、1人当たりの購入点数が増えれば、余っていた原材料も活用できる。そうした狙いが的中し、原材料を無駄にせず顧客に届けることができた。

守り続ける社是「赤心慶福」

変えるべきところは変えた一方で、変えなかったところもある。その一つが、社是である「赤心慶福(せきしんけいふく)」という言葉だ。真心を持って相手に接し、喜んでもらうことが自分たちの幸せにつながるという意味で、社名の由来にもなっている。この社是に加えて「虎屋饅頭はおいしい」と言ってもらえる品質も決して譲らない。

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守るのはこの2つだけだという。それ以外は、時代や顧客に合わせて見直していく。例えば、本店の店内飲食用に提供する虎屋饅頭の数を変えた。以前は1皿3個だったが、ボリュームがあるため1個残す客が少なくなかった。饅頭でお腹を満たすのではなく、伊勢うどんなど地域の食べ物を楽しんでもらいたいという考えから、1皿2個に変更した。

こうした判断の出発点になるのは、現場で働く社員の声だ。客が「饅頭の数が多い」と感じているのか、それとも満足しているのか。毎日接客している社員だからこそ分かること。その声を聞きながら、提供方法を見直してきたという。

歴史あるほど「挑戦に慎重」になる?虎屋の対策

歴史ある企業には、長く働く社員も多い。だからこそ、新しい挑戦には慎重になる面もある。300年以上続く虎屋ではどうしているのか。鎌田社長は、自社だけで結論を出そうとはしないという。外部人材やコンサルタントなど、異なる視点を持つ人々を交えながら議論を重ねる。社内だけで考えていると「これまでこうだった」という発想に固まりやすくなるためだ。

もちろん、新しい取り組みに反発が起きることもある。それでも対話を重ねることで解決できるのは、目指す目標が一致しているからだという。こうした考えの延長線上に、和菓子ブランド「虎屋」の展開や、虎屋グループの伊勢福(三重県伊勢市)が運営する観光スポット「おかげ横丁」での文化発信などがある。和菓子だけでなく、工芸や芸能、食文化まで含め、日本文化を次世代へつないでいくことも虎屋の役割だと鎌田社長は話す。

虎屋社長が語る「企業の醍醐味」

歴史を守るために、変えるべきところを変える。その重要性について、鎌田社長は伊勢神宮を引き合いに出して次のように説明する。「伊勢神宮では、20年おきに天照大神の社殿を造り替える『式年遷宮』を行います。建築技術などを継承するために、わざわざイチから社殿を造り直す。一度壊して新しくするということは、変えながら守るということ。これが日本文化の継承の仕方です」。伊勢神宮の式年遷宮は1300年以上続いている。それに比べれば、虎屋の300年は通過点の一つにすぎないと考える鎌田社長。この先の歴史をつくるために特別なことをしようとは考えていない。

目の前の客に真摯に向き合い、一緒に働く社員と知恵を出し合う。その積み重ねを続ける。それが結果として400年、500年へとつながっていくと考えている。「意志のあるところに道は開ける」――鎌田社長が大切にしている言葉だ。虎屋が35年間続いた「虎屋」の立て直しに向き合った際、この言葉に支えられたという。「やると決めて考え続ければ道は開ける。そして結果が出た時の喜びを、みんなで分かち合うことが企業の醍醐味です」。守るべき価値は見失わず、時代に応じて変え続ける。その積み重ねが、300年以上続く虎屋の強みになっている。