慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(通称SFC)は、1990年に神奈川県藤沢市遠藤に「総合政策学部」「環境情報学部」の2つの新学部のキャンパスとして開設され、その斬新さで日本の大学教育に大きな影響を与えた。
「家畜や堆肥の匂い」がSFCの風物詩
湘南台駅から連節バス・ツインライナーに揺られてたどり着いたSFCは、“湘南”といっても海からは遠く、潮の香りもしなかった。それどころか、多くの塾員(卒業生)がSFCの思い出として語るのは「家畜や堆肥の匂い」だ。
3期生である面白法人カヤックCEOの柳澤大輔氏は、『日経ビジネスオンライン』の取材で、SFCを思い出すと必ずその匂いも一緒に思い出すと話している。
「……風向きによってほんとに頻繁にキャンパス全体で、牛や豚のくさい堆肥の匂いがしたということです。これはSFC風物詩なので、おそらく卒業生なら誰もがあの匂いが蘇ってくるのではないかと思います。」(「慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)とは何だったのか」日経ビジネス/2019年7月3日配信)
筆者が訪れた日は感じなかったが、この風物詩は今も変わらないようで、ネット上の発信でSFC生が匂いについて触れることは多い。
誘致の意外な顛末
少子化が進んだことで、大学キャンパスを移転・再編し、学部・学科の新設・再編を絡める動きが相次いでいる。その背景には社会の変化や法律の影響、様々な人間ドラマがある。
連載「街とキャンパス」の第3回となる本記事では、そのSFCの誘致にまつわる意外な顛末が明かされる。80年代半ば、当時の塾長・石川忠雄氏が神学部をつくる構想を打ち立てたことから始まる話は、特命課長が極秘で土地買収の根回しをするなど、学内外を巻き込んだドラマとなっている。
新学部を設立しても内部進学者率はキープし、慶應がこの場所を選んだ理由、他大学の恨みを買った遠藤進出、“外れ者”を起用した検討委員会、学内の反対を押して据えたSFCのスポークスマンなど、多角的にその歴史が描かれる。



